竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 そこへヴィルフリートとエクムントが戻ってきた。

「ではこれをお預かりいただけるか、クライバーさん」

 エクムントに手渡された手紙を、クライバー氏は恭しく受け取って懐へ納めた。

「その手紙は子爵殿以外の者が読んでも、詳細は分からないようになっています。往きは大丈夫だったそうだが、もし帰りに何かあったら、心配することはないから手放しなさい。その場合は子爵殿に『わかった』と伝えてくれれば何とかなりますからな」
「お心遣い感謝いたします」

 クライバー氏は一礼し、すぐにも帰り支度を始めた。明るいうちに山を下りて、麓の村へ行かねばならない。ラウラも名残惜しそうだったが、素直に上着を手に取った。


「ラウラ、これを」

 親子が玄関ホールへ出たとき、ヴィルフリートと入れ替わりに席を外していたアメリアが、小さな包みを持って戻ってきた。

「後でお父様と食べて。あなたの好きなお菓子も入ってるわ」
「お嬢様……」
「ラウラ、木の実のタルト好きでしょう」

 また涙ぐむラウラの手を握り、アメリアは微笑んだ。たぶん、もう会うことはないだろう。アメリアはまだ子爵の手紙の内容を知らないが、ギュンター子爵がこのような手段を講じること自体、かなり事態は切羽詰まっているのだろう。あの用心深い子爵が、同じ手を二度使うとは思えない。
 クライバー親子の馬車が森の中へ消えて行くのを、アメリアはサロンの窓から見送った。

 その日届けられた手紙の内容を、ヴィルフリートは教えてくれなかった。伝えるほどのことでもなかったのかと特に訊ねはしなかったけれど、彼には珍しいことだった。



 王宮の北側に、もう使われていない小さな礼拝堂がある。そこに数人の男たちが集まって、何やらひそひそと話し合っていた。

「もうひと月近くになる。テニッセンたちが戻らないのは、いくらなんでもおかしい」
「例の王子とやらを探しに行かせたのだろう?」
「……王子か化け物か分からんがな」

 一人が吐き捨てるように言うと、先の男がたしなめた。

「そう言うな。たとえどんな見かけだとしても、我々にはそのお方が必要なのだからな。どうも最近の陛下は、王妃の推す第八王子にお心が傾いておられるようだ」
「やはり少しでも早く、例の王子をお連れしなくては」
「だが、もし本当に化け物だったらどうする? まさか陛下だって、そんなものを世継ぎにはなさるまい」

 薄暗い礼拝堂に沈黙がおりる。

「そのときは、仕方なかろう」

 それまで黙っていたもう一人の男が呟いた。

「後の災いを防ぐためにも、そのときは生かしておかぬほうが良いだろう。王妃派の手に落ちても困るからな」
「その通りだ。もはやテニッセンを待ってはいられん。腕の立つ者をつれて、もう一度向かうべきだ」

 権力という熱病にとりつかれた男たちの密談は、夕闇が迫るまで続いた。



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