竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 数日後、麓の村へ行った馭者のフーゴが、買い物もせずに戻ってきた。

「エクムントさん、ちょっとおかしい。見たことのない面が何人も、村をウロウロしてる」
「やはり王宮の回し者ですかな」
「どうもそんな雰囲気だな。酒場や市場で、なにやら嗅ぎまわっているようだ」

 エクムントが考え込んでいると、庭師の二コラもやってきた。

「おい、ついに本気らしいぞ」

 麓の村には「竜の城」を知っているものが数人いる。野菜や麦などを運んだり、緊急時には使いを頼んだりもしてくれる村人だ。もちろんヴィルフリートに会ったことはなく、どこかの貴族の別邸だと思っているのだが。

「今、知らせてくれた。そいつらはマルコを脅して、無理矢理案内させようとしているそうだ」

 村の外の目立たないところに、頑丈な馬車が一台隠されているという。
 先日の手紙には、王都にはヴィルフリートを奪還して王座に据えようという動きがあり、中でも過激な一派がどうやら動き出したらしい、と記されていた。これは、とうとう実力行使に出たということか。

「どうやら夜襲をかける気らしい。夕方村を発つように準備をしているとか」
「やはり、子爵の指示どおりにすべきだろうか」
「……そうするしかないですか」

 三人は、暗い顔で頷き合った。



 アメリアは、初めて子爵の手紙の内容を知った。
 ヴィルフリートが狙われていること。しかし王家としては、ヴィルフリート――というより「竜」の秘密が漏れては困ると考えていること。だから万一ヴィルフリートが王宮へ連れて来られても、おそらく陛下は王位はもちろん、庇うことはないだろうこと。

「勝手な……」

 アメリアは唇を噛んだ。千年も続く王家のすることがこれか。
 そんなアメリアの頬を、ヴィルフリートが優しく撫でた。

「だが、私だって今さら王宮へなど行きたくない。だから、これで良いのだ」
「でも……悔しいです、ヴィル様」
「いいんだ。それより、先を」

 謝罪の言葉から始まるその手紙のなかで、ギュンター子爵は、最悪の場合ヴィルフリートに館を出るよう伝えていた。町伝いにこの国を出て、「竜の末裔」などという立場に脅かされずに暮らしてほしい、と。
 そのための立ち寄り先や協力者の名前と、それぞれへの手紙も同封されている。

『例え望んで王宮へいらしたとしても、お二人が幸せに過ごせるとは言い難い。国の安寧のためだけでなく、お二人の幸せのためにも、ここは一度、国を出ていただきたい。このような大切な話を、直接伺って詫びることのできない自分を、どうかお許しいただきたい――』

「……」

 子爵の言うことは正しいのだろう。王宮へ行ったところで、権力争いの渦に巻き込まれ、安心して眠ることなどできるわけがない。ましてヴィルフリート本人が望んでいないのだから。ただ、王家のやりようがどうにも割り切れないだけだ。

「アメリア様、お気持ちは分かります。ですが、もう時間がありません」

 レオノーラが宥めるように言って、アメリアを立ちあがらせた。


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