竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 二人はフーゴの指示で道をそれ、斜面を少し登った。茂みの陰に身をひそめると、フーゴがその前の木によじ登る。
 アメリアには何も聞こえなかったが、ヴィルフリートの耳は確かだ。しばらくすると、木々の隙間からちらちらと灯りが見えてきた。驚くことに馬車の音もする。

「やはり私を、無理矢理にでも連れてゆく計画のようだな」

 ヴィルフリートが呟いた。
 アメリアは答えず、きゅっと両手を握りしめる。指先がひどく冷たい。唾を飲み込む音が、やけに耳に響いた。
 つづら折りの道を辿って男たちが姿を現すころには、アメリアにはずいぶん長い時間が経ったように感じた。
 男たちはまさか知られているとは思いもしないのか、特に足音を忍ばせるでもなく、時折言葉を交わしながら歩いてくる。馬車の中までは分からないが、歩いている者だけで十人はいるだろうか。

「おい、まだ先なのか」
「は、はい。もう少しかかります」

 おどおどと答えているのは、脅されて案内させられているというマルコだろう。

「本当に、そんな化け物がいるのか」
「し、知りません。俺は、そんなものに会ったこともねえんで……」
「ちっ、役に立たねえな。いいか、灯りが見えるほど近づく前に、間違いなく知らせるんだぜ」

 歩いている男たちは、金で雇われたものか。それぞれ年季の入った武器を身につけ、逞しい体つきをしているようだ。

 灯りが遠ざかり、馬のひづめの音が聞こえなくなるまで待ってから、フーゴが枝から飛び降りた。

「ヴィルフリート様、思ったより数が多いですね」
「二コラとエクムントで応戦できるのか。後の者は、自分を守るのがせいぜいだろう」
「ええ、ちょっと厳しいかと」

 フーゴは眉を寄せた。長年共にいた仲間たちと、レオノーラがいる。アンヌのように歳をとった者も多い。案ずる気持ちはヴィルフリートもアメリアも同じだ。

「行ってやれ」

 フーゴがはっと顔を上げた。

「しかし、ヴィルフリート様」
「私も行きたいくらいだ。だが私が姿を見せてはまずいだろう。……この先に、川があるな?」

 フーゴは驚いたが、ヴィルフリートの感覚が鋭いのは分かっている。

「はい、もう少しくだって、少し道を逸れると」
「……なら、その近くで待っている。行って、皆を守ってやってくれ」
「私からもお願いします、フーゴさん。皆を危ない目に遭わせないで」

 僅かに躊躇ったが、フーゴはすぐに頷いた。肩にかけていた荷物をヴィルフリートに渡すと、音もなく闇に消える。辺りはすぐに静かになった。

「……さあ、アメリア」
「はい」

 時折後ろを振り返りながら、二人は月明りの下を歩いていった。



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