竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 ヴィルフリートは空を見上げた。木々の隙間から見える月の位置からして、だいぶ時間が経ったと思われる。もうそろそろ、かたがついてもいい頃だろう。

 ――フーゴは間に合っただろうか。

 アメリアはよく眠っている。やはり、そうとう疲れていたのだろう。ヴィルフリートはアメリアを抱えなおし、柔らかい髪に頬をつけた。
 こうして座っていると、やはり疲れがじわじわと効いてくるのが分かる。初めて「竜の城」の外へ出て、気を張らないほうが無理だ。アメリアの暖かさとせせらぎの音が、ヴィルフリートの眠気を誘う。

 ――静かだな。

 いつの間にか、ヴィルフリートも目を閉じていた。


 疲れと水音が、ヴィルフリートの感覚を鈍らせたか。

「!?」

 気配を感じて目を開けたとき、すでに二人はその男の視界に捉えられていた。ぎくりと身体を強ばらせると、腕の中のアメリアも目を開ける。

「アメリア、離れていろ」

 アメリアを下ろして立ち上がり、少し距離をとる。手は、腰の剣にかかっていた。

「ほう、その瞳。竜の血をひく王子ってのは……お前か。なんと、まだツキが残っていたとはな」

 ヴィルフリートは答えない。黙って剣を抜き、男に向けて構えた。フーゴには遠く及ばないが、彼も剣の基本くらいは身につけている。
 男は腕に自信があるのか、薄く笑いながら襲いかかった。ヴィルフリートも必死で防ぐ。実際使うのは初めてだが、アメリアを守らなくてはならない彼は必死だ。それでも踏んできた場数が違う。ヴィルフリートは次第に追い詰められていった。

「くっ!」

 ガッ、と硬い音がした。ヴィルフリートの左腕を切り裂いたはずの、男の剣が弾かれた。切られたシャツの袖の隙間から、淡く輝く鱗が見えている。

「……やはり化け物か」

 驚いて男が一歩下がった隙にヴィルフリートが立て直し、果敢に攻めたてた。捨て身に近い攻撃を持て余した男は、ちらりとアメリアを見ると作戦を変えた。

「ひっ」
「アメリア!」

 いきなりアメリアに駆け寄った男は、左手でアメリアを羽交い絞めにし、喉元に剣を突き付けた。

「さあ、剣を捨てるんだ」
「くっ……」

 男を睨みつけたが、アメリアを盾にとられては逆らえない。アメリアは目を見開いているが、何も言わない。

 ――これまでか。

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