竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
義父のカレンベルク伯爵の言った「春の祭」とは、王都で雪解けを祝って行われる祭りだった。北の三分の一が雪に閉ざされるバルシュミット王国だが、だいたいこの祭りの時期を境に国中全ての街道が通行可能になり、北の町へも旅行が出来るようになるとされている。
去年はアメリアも邸を抜け出して、ラウラと祭りを楽しんだものだった。だが今年はおそらくその日が、アメリアの出発する日になるのだろう。祭りはもう一月後に迫っていた。
「準備をしておくように」と言われても、もし噂通りに生贄となるのなら、何も準備など要りはしない。むしろこれは「思い残すことのないように後始末を」という意味なのか。それとも何か、特別な準備でも要るのだろうか。どこか麻痺したような変に落ち着いた心持ちで、アメリアはまもなく離れる部屋を眺めるのだった。
数日後、アメリアは義父カレンベルク伯爵に呼ばれた。案内されたのは来客を迎えるサロンで、伯爵の他に、王宮の使いだという男が待っていた。
「貴女がカレンベルク伯爵令嬢アメリア殿か」
義父よりいくつか若そうな、有能な官吏といった雰囲気のその男は、ギュンター子爵とだけ名乗った。だが義父の態度から見て、王宮ではそれなりの地位にいる人物だと思われる。
「すでに伯爵から聞かれたことと思うが、貴女は『竜の花嫁』と決まった」
「はい、聞いております」
アメリアの声が平静だったからか、ギュンター子爵は少し意外そうな顔をした。
「では、明日の午後、伯爵とともに王宮へいらしてください。今回の事について知っておいていただくべきことがありますので」
「はい」
すると横から、カレンベルク伯爵が口を挟んだ。
「子爵殿、ここで仰っていただくわけにはいかないのか」
ギュンター子爵は横目で伯爵を見た。その様子で、子爵は義父を快く思っていないのだと察したが、もちろんアメリアは何も言わない。
「伯爵殿、ことは王家の秘事に関わることなのです。いくら信頼の篤い伯爵殿とはいえ、王宮以外の場所において口に出すことは禁じられておりますので」
お世辞にくるんだ嫌味に気づいたのは、どうやらアメリアだけだったようだ。
「なふほど、それは当然ですな。では明日、娘を連れてお伺いいたしましょう」
カレンベルク伯爵は軽薄な笑みを浮かべて頷いた。
去年はアメリアも邸を抜け出して、ラウラと祭りを楽しんだものだった。だが今年はおそらくその日が、アメリアの出発する日になるのだろう。祭りはもう一月後に迫っていた。
「準備をしておくように」と言われても、もし噂通りに生贄となるのなら、何も準備など要りはしない。むしろこれは「思い残すことのないように後始末を」という意味なのか。それとも何か、特別な準備でも要るのだろうか。どこか麻痺したような変に落ち着いた心持ちで、アメリアはまもなく離れる部屋を眺めるのだった。
数日後、アメリアは義父カレンベルク伯爵に呼ばれた。案内されたのは来客を迎えるサロンで、伯爵の他に、王宮の使いだという男が待っていた。
「貴女がカレンベルク伯爵令嬢アメリア殿か」
義父よりいくつか若そうな、有能な官吏といった雰囲気のその男は、ギュンター子爵とだけ名乗った。だが義父の態度から見て、王宮ではそれなりの地位にいる人物だと思われる。
「すでに伯爵から聞かれたことと思うが、貴女は『竜の花嫁』と決まった」
「はい、聞いております」
アメリアの声が平静だったからか、ギュンター子爵は少し意外そうな顔をした。
「では、明日の午後、伯爵とともに王宮へいらしてください。今回の事について知っておいていただくべきことがありますので」
「はい」
すると横から、カレンベルク伯爵が口を挟んだ。
「子爵殿、ここで仰っていただくわけにはいかないのか」
ギュンター子爵は横目で伯爵を見た。その様子で、子爵は義父を快く思っていないのだと察したが、もちろんアメリアは何も言わない。
「伯爵殿、ことは王家の秘事に関わることなのです。いくら信頼の篤い伯爵殿とはいえ、王宮以外の場所において口に出すことは禁じられておりますので」
お世辞にくるんだ嫌味に気づいたのは、どうやらアメリアだけだったようだ。
「なふほど、それは当然ですな。では明日、娘を連れてお伺いいたしましょう」
カレンベルク伯爵は軽薄な笑みを浮かべて頷いた。