竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
「よいかアメリア、決して余計な口を挟むのではないぞ。すべて私に任せ、おまえは頷いていればよいのだ」
翌日、王宮へ向かう馬車の中で、カレンベルク伯爵は何度もアメリアに念を押していた。
「はい、お義父様」
アメリアはひたすら従順に、というよりは機械的に返事を繰り返していた。実際、この父の横にいて口など挟める訳がない。
――昨日のギュンター子爵様は、義父より一枚も二枚も上手のようだったけど。
それより、今日はどんなことを聞かされるのだろう。やはり私は、生贄になるのかしら。目の前に迫る王宮の姿に、アメリアの心臓は次第に鼓動を速めていった。
まだ社交界に出ていなかったアメリアは、王宮に入るのは初めてだった。緊張しながらも、失礼にならぬよう辺りを見回していると、回廊の奥からギュンター子爵が足早にやってきた。
「よく来られた、アメリア殿」
子爵は義父でなくアメリアにそう言うと、向き直って伯爵に言った。
「伯爵殿にはまず陛下よりお言葉を賜るそうです。案内させますのでそちらへ」
とたんにぱっと喜色をうかべた伯爵は、それでも不審そうに聞いた。
「ですが子爵殿、娘はいまだ宮廷作法も知りませんので……」
「おや? たしか伯爵殿は『娘こそ教養も作法も相応しい』と推されたのではなかったですか」
ぐっと詰まった伯爵を案内人に任せ、子爵は振り返って言った。
「ではアメリア殿、こちらへ」
義父はそれでもアメリアをひと睨みしてから案内されて行った。最後の釘を刺したつもりらしい。
ギュンター子爵は何も言わず、さっさと反対の方へ歩き出した。仕方なくアメリアも黙ってついて行く。
通された部屋は意外にも、女性らしい装飾が施された居心地の良さそうな部屋だった。
「こちらでお待ちを」
子爵はアメリアに椅子をすすめ、いったん部屋を出て行った。
うっとりするほど美しく心地よい部屋だが、初めての王宮で座ってなどいられない。すすめられた椅子の後ろで立ったまま、調度品を見るともなく眺めていると、再びドアが開いて子爵がひとりの年配の女性を連れて戻って来た。
「かけなさいと言ったはずですが」
言いながら向かいに腰を下ろすと、その女性も隣に座った。
「アメリア殿、これは私の母で、長く王宮の奥勤めをしていました。今は役を退いていますが、『竜の花嫁』の件に関してはこの人が一番よく知っているのです」
アメリアが挨拶をすると、女性は声を出さず微笑んだ。その瞳は明るい黄緑色。
「お気づきになりましたか。この人の父親は、四代前の国王です」
驚きに言葉が出ないでいると、ギュンター子爵は苦笑気味に言った。
「長い話をお聞かせすることになります。ああ、貴女の義父君は、この後、先に帰っていただきます。あの方がいたのでは、話になりませんからね」
それから表情を改めて続けた。
「ですから貴女も、何でも質問し、腹蔵なく話してください。その代わり――」
真正面から見据えられ、アメリアは思わず姿勢を正す。
「ここからは、正に王家の秘事になります。ご家族にも話してはなりません」
「はい、誓って他言は致しません」
まっすぐに視線を受け止め、きっぱりと答えたアメリアに、子爵は驚きと称賛の混じった視線を向けた。
「実にしっかりした方だ。――いや失礼。……ではまず、貴女は『竜の花嫁』について、何をご存じか」
「いいえ、何も」
ここまで慎重に守られる秘密。ここまで気をつかうのは、何のためなのだろうか。アメリアは声が震えそうになるのをやっと堪え、尋ねた。
「お教え下さい、子爵様。私は噂で聞くように、生贄になるのでしょうか?」
翌日、王宮へ向かう馬車の中で、カレンベルク伯爵は何度もアメリアに念を押していた。
「はい、お義父様」
アメリアはひたすら従順に、というよりは機械的に返事を繰り返していた。実際、この父の横にいて口など挟める訳がない。
――昨日のギュンター子爵様は、義父より一枚も二枚も上手のようだったけど。
それより、今日はどんなことを聞かされるのだろう。やはり私は、生贄になるのかしら。目の前に迫る王宮の姿に、アメリアの心臓は次第に鼓動を速めていった。
まだ社交界に出ていなかったアメリアは、王宮に入るのは初めてだった。緊張しながらも、失礼にならぬよう辺りを見回していると、回廊の奥からギュンター子爵が足早にやってきた。
「よく来られた、アメリア殿」
子爵は義父でなくアメリアにそう言うと、向き直って伯爵に言った。
「伯爵殿にはまず陛下よりお言葉を賜るそうです。案内させますのでそちらへ」
とたんにぱっと喜色をうかべた伯爵は、それでも不審そうに聞いた。
「ですが子爵殿、娘はいまだ宮廷作法も知りませんので……」
「おや? たしか伯爵殿は『娘こそ教養も作法も相応しい』と推されたのではなかったですか」
ぐっと詰まった伯爵を案内人に任せ、子爵は振り返って言った。
「ではアメリア殿、こちらへ」
義父はそれでもアメリアをひと睨みしてから案内されて行った。最後の釘を刺したつもりらしい。
ギュンター子爵は何も言わず、さっさと反対の方へ歩き出した。仕方なくアメリアも黙ってついて行く。
通された部屋は意外にも、女性らしい装飾が施された居心地の良さそうな部屋だった。
「こちらでお待ちを」
子爵はアメリアに椅子をすすめ、いったん部屋を出て行った。
うっとりするほど美しく心地よい部屋だが、初めての王宮で座ってなどいられない。すすめられた椅子の後ろで立ったまま、調度品を見るともなく眺めていると、再びドアが開いて子爵がひとりの年配の女性を連れて戻って来た。
「かけなさいと言ったはずですが」
言いながら向かいに腰を下ろすと、その女性も隣に座った。
「アメリア殿、これは私の母で、長く王宮の奥勤めをしていました。今は役を退いていますが、『竜の花嫁』の件に関してはこの人が一番よく知っているのです」
アメリアが挨拶をすると、女性は声を出さず微笑んだ。その瞳は明るい黄緑色。
「お気づきになりましたか。この人の父親は、四代前の国王です」
驚きに言葉が出ないでいると、ギュンター子爵は苦笑気味に言った。
「長い話をお聞かせすることになります。ああ、貴女の義父君は、この後、先に帰っていただきます。あの方がいたのでは、話になりませんからね」
それから表情を改めて続けた。
「ですから貴女も、何でも質問し、腹蔵なく話してください。その代わり――」
真正面から見据えられ、アメリアは思わず姿勢を正す。
「ここからは、正に王家の秘事になります。ご家族にも話してはなりません」
「はい、誓って他言は致しません」
まっすぐに視線を受け止め、きっぱりと答えたアメリアに、子爵は驚きと称賛の混じった視線を向けた。
「実にしっかりした方だ。――いや失礼。……ではまず、貴女は『竜の花嫁』について、何をご存じか」
「いいえ、何も」
ここまで慎重に守られる秘密。ここまで気をつかうのは、何のためなのだろうか。アメリアは声が震えそうになるのをやっと堪え、尋ねた。
「お教え下さい、子爵様。私は噂で聞くように、生贄になるのでしょうか?」