竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 王宮差し回しの馬車の向かいにはギュンター子爵が座り、アメリアの様子を眺めていた。アメリアは膝の上でかたく手を組んで、ぼんやりと窓の外に目を向けていた。気づけばだいぶ日が傾いていて、かなり長い時間王宮にいたのだと分かる。

 ――「竜の花嫁」というのは、生贄になることを隠すための、都合の良い言葉だと思っていた。まさか本当に、その名の通りだったなんて。

 あの後も、細かい注意や説明は続いた。
 場所は明らかにされなかったが、とある北の山の中に「竜の城」と呼ばれる城があるそうだ。「花嫁」は王宮が手配した馬車で、三日かけて送り届けられる。出発は春の祭りの前日で、その三日間の旅に必要なもの以外、荷物を用意する必要はない、とも言われた。

 冷静に考えれば、生贄として死ぬことはないと分かったのだから、喜ぶべきなのかもしれない。義父の決めた、顔も知らぬ相手に嫁ぐのと、何も変わらないのではないか? 
 アメリアは小さく首を振った。

 ――相手が人間(ひと)であるならば。

「竜の特徴(しるし)を持つ者」と、ギュンター子爵は言った。
「ほんの少しだけ人と違うもの」と、子爵の母君は言った。

 どれだけ違うのだろう。自分は人間(ひと)ならざる者の、伴侶とならなくてはいけないのか。
 義父に命じられれば、たとえどんな相手でも仕方ない、そう覚悟していた。だがまさか相手が「竜」だなんて……。

「アメリア殿、もう間もなく着きます」

 言われるまでもなく、馬車の行く手にはカレンベルク伯爵邸が見えてきている。

「何度も申しますが、くれぐれもご家族には一切洩らされぬよう」
「……はい、分かっています」

 アメリアは頷いた。その声が震えていることに、アメリアは自分でも気がついた。


「カレンベルク伯爵殿、アメリア殿を遅くまでお預かりして申し訳ない」

 馬車が到着すると義父の伯爵が、さも心配していた顔で出て来た。もちろん本心は、自分の知らないところでアメリアが何を聞かされたのか、それが気になるというところだろう。
 アメリアはギュンター子爵の指示通り、俯いて口をきかない。

「アメリア殿は少々動揺されているので、どうぞ休ませて差し上げて下さい。よろしければ伯爵には、私からご説明を……」

 そこでアメリアは言葉少なに挨拶をし、部屋へ戻った。
 あとは子爵が、何とかしてくれるのだろう。実際アメリアだとて、義父のような無神経な人物と話したい心境ではない。それに、動揺しているのも事実だった。



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