竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 夜が更けて、雨が降り出した。アメリアは寝返りをうって窓の方を向く。鎧戸を締めてあるので外は見えないが、次第に激しくなってくる雨音を、聞くともなしに聞いていた。

 初めて王宮へ行き、沢山の、信じがたい話を聞かされた。疲れ果て、早めに床についたはずだった。それにも関わらず一向に眠ることが出来ず、暗闇の中で冴えてゆくばかりの意識を持て余していた。

 眠れないでいると、自然に同じところへ考えが行ってしまう。

「竜の花嫁」の意味を知ったのは、果たして良かったのか。生贄と花嫁と、どちらが幸せなのだろう。何度自分に問いかけても、自分の心が見えてこない。

「私も昔『竜の花嫁』となるべく育てられました」

 ギュンター子爵の母君はそう言った。

「竜の番の第一条件が、この瞳の色です。理由は分かりませんが、王家の血を引く者にだけ現れる、この金緑色の瞳を持つ者にしか……竜は惹かれません」

 明るい黄緑……光の加減でほぼ金色にも見える瞳。

 ――この瞳が、竜を引き付けるというの?

 ふと、会ったこともない自分の父親……既に没した先王のことを考える。
 今まではその瞳が、カレンベルク伯爵との繋がりがないことを証明していた。時にはむしろ、血の繋がりのないことにほっとしていた部分さえある。
 だがこうなってみると、自分の身に流れる「王家の血」というものが疎ましく、そしておぞましい。

 生贄として死なねばならないというのは、もちろん嫌だ。恐ろしいと思っていた。

 でも、人間(ひと)ならざるものへ嫁がねばならないのでは……。相手がどのようなものなのか分からないだけに、なおさら恐ろしく思ってしまう。
 それは竜の一部を持って生まれてくる、と言っていた。たいていは鱗だ、とも。
 
 ――鱗のある人間なんて知らない。まさか全身が鱗で覆われていたりするのだろうか? 他に、竜の特徴って何だろう? 爪? 角? まさか牙があるとか?

「いや……っ!」

 横になってなどいられず、アメリアは思わず起き直った。我が手で我が身を抱いて、震えが治まるのを待つ。長く町へ出入りしていたおかげで、アメリアは閨というものについて、いくらかは耳にしていた。初めては辛い、と聞いたこともある。でもまさか、その相手がもしも人ではなかったらと思うと……。震えが治まるどころか、手足が冷たくなってくる。

 ――怖い。そんな異形のものに身を任せて……私、平気でいられるかしら? もし逃げようとしたり、拒んだりしてしまったら、どんな目に遭うの? 何とか耐えていられても、それが死ぬより辛かったら……!

 いっそ逃げ出してしまおうか。そんな考えもふと浮かぶ。この数年頑張って身につけてきた技術や知識で、一人で生きて行かれないだろうか?
 いや、この町では無理だ。すぐに見つけられてしまうだろう。といって、自分一人では、手の届かない町まで行くことはできない。

 アメリアは何度か深く息をしてもう一度横になり、枕に顔をうずめた。数えきれないため息は枕に吸い込まれ、誰にも聞こえなかっただろう。

 ――落ち着いて、落ち着くのよ。あまり考えすぎて、思い詰めてはいけない。

 アメリアは自分にそう言い聞かせる。息を吸って、吐いて。そう、ゆっくりと。
 ようやく眠りが忍び寄り、アメリアの瞳が閉じていった。
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