竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 王宮で用意された馬車は、目立たない設えだが頑丈で乗り心地も良く、長時間乗っていても疲れにくい。
 それでも子爵と二人で、ずっと同じ馬車に乗ったままでは気詰まりだっただろう。アメリアは自分用に用意してもらったことに、心から感謝した。
 旅慣れないアメリアのために時折休憩を挟みつつ、馬車はかなりのスピードで街道を走り抜ける。日が傾いたころ、ようやく小さな町で馬車が止まった。そこには歴史のありそうな修道院があり、子爵とアメリアは奥まった一棟に通される。おそらく王家の秘密を守るために用意された修道院なのだろう。

「アメリア殿、お疲れではないですか」
「はい、良い馬車でとても楽なのですが。それでもこんなに長く乗ったのは初めてで……やはり少し疲れました」

 本当は口もききたくないくらいだが、父親に近い年齢の男性が相手では、失礼なことも出来ない。そうでなくても気分も沈みがちなアメリアは、気力を総動員して子爵と会話をし、ろくに味も感じられない夕食を、機械的に口に運んでいた。
 ギュンター子爵も、それには気付いていた。
 もともと「竜の花嫁」に関わる一切を任せられる立場であり、このような機会は当然これが初めてではない。実は、彼が「竜の城」へ花嫁を送り込むのは、アメリアでもう十人目だった。様々な準備を重ねて令嬢を選びだし、年に一度こうして王都から旅に出る。

 アメリアには言っていないことだが、「竜の花嫁」は例の瞳を持っていれば誰でもいい……というわけではない。
 彼ら「竜」にも説明出来ないらしいが、とにかく一目見た瞬間に、自分の番(つがい)かどうかを見極めるらしかった。
 今「竜の城」にいる竜は二十八歳になるのだが、これまでに送り込んだ「花嫁」はことごとくお気に召さなかったらしい。すべて受け入れられず、いまだ独り身である。

 ――そろそろ決まってくれないとまずいのだが、こればかりはな……。

 子爵はアメリアを眺めてそう思っていた。彼女は聡明な娘だ。もし本物の「花嫁」になれば、もっと知らされても良い部分もある。だが今はまだ、伝える訳にはいかなかった。

「明日も一日走ることになります。早めにお休みなさい」

 子爵はそう言って、アメリアを部屋に下がらせた。

< 21 / 110 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop