竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 するとアメリアの身体からふうっと力が抜けるのが分かった。それほど緊張していたか。子爵はそれを見て少し気の毒に思った。泣きどおしの娘には逆に同情しづらいのだが、この娘のように健気に耐えている様子をみると、何とか楽にしてやりたいと思ってしまうのは男の(さが)というものか。

「この前お話したように、髪と目の色は、少し違います。詳しくはお話し出来ませんが、それ以外は普通の人間と違って見えるところなどありません」
「でも、あの……。特徴(しるし)、というのは」

 子爵は頷いた。詳しいことは言ってやれないが、嘘でごまかすつもりもない。

「お会いするまで、具体的に教えてはさしあげられません。確かに特徴(しるし)はあります。ですが、見るからに人間離れしているというものではない。――正直に言えば、昔は驚くような特徴(しるし)をもつ者もあったと言います。私も直接見た訳ではありませんが、今代の『竜の特徴(しるし)』は、一見ほとんど分からないと聞きました。あとは、ご自分で確かめることです」

 子爵は今代の「竜」の、外見も為人(ひととなり)も知っている。それを伝えてやれれば、彼女もかなり安心するだろう。
 だが、彼女が(つがい)となるかはまだ分からないのだ。可哀想だが、アメリアの心の平安よりも、王家の秘密を守ることの方が優先されなければならない。

「申し訳ないが、これ以上は言えません。ですが、女性から見て決して恐ろしい方ではない。私はそう思います」

 アメリアは深く息を吐いた。

「はい……。それだけでも、だいぶ気が楽になりました……」
「それは良かった」

 その後は時折会話を交わしながら進み、川の近くで休憩を取った。馭者が馬に水を飲ませに行っている間、アメリアは馬車を降りて辺りを眺めた。
 草原には早春の可憐な花が咲き始め、遠くには山々が霞んで見える。どこからか鳥のさえずりが聞こえ、風は緑の薫りを運んでくる。先ほどまでの欝々とした気持ちが、和らぐように感じた。

 ――こんな素晴らしい景色、初めてだわ。

 初めて見る広々とした景色に目を奪われ、アメリアは心中の憂鬱をいったん忘れることにした。

「竜の城」はどこか山の中にあるのだと聞いた。山の景色というのは、これとまた違うのだろうか? もしこんなふうに心が洗われるような風景を見られるなら、それも慰めになるかもしれない。
 そしてまた、馬車は連なる山々の方へ向けて進んで行った。

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