竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 三日目。いよいよ山道にさしかかり、馬車のスピードが落ちた。

 アメリアは山へ入ってからは、窓に貼りつくように外を眺めていた。森の中の木々も、時折視界が開けて遠くまで見える景色も、すべて初めてで美しい。できる限り目に焼き付けておきたかった。
 それに、そうでもしていないと、いよいよ到着する……その先のことを考えてしまうから。

 半日進んでようやく馬車が止まり、山道に揺られてくたくたになったアメリアは、使用人の手を借りて馬車を降りた。すると目の前に、山の中腹にわずかに開けた土地を利用して建てたらしい、小さな館が建っていた。

 ――ここ?

 馬の気配で分かったのだろう、中から扉が開いて、一人の女性が顔をのぞかせる。

「ギュンター子爵、お待ちしておりました」
「レオノーラ殿、お世話をかける」

 子爵は簡単に挨拶をして、アメリアを振り返る。

「あの方が」
「ああ、なかなか聡明な女性です。……今年こそ、決まると良いのですが」

 女性も真剣な瞳で頷いた。



 春の祭が済んだばかりだ。山地ではまだまだ肌寒い。館の中は暖炉に火が入れられ、心地よく温められていた。

「お嬢様、私はレオノーラと申します。この先は私がご案内させていただきますので」

 母より少し年上くらいだろうか。その女性は優しい笑みを浮かべて、温かいお茶を淹れてくれた。その様子にはどことなく品があり、ただの使用人ではなさそうだ。

 お茶を飲み終えたところで、レオノーラがドレスを持ってきた。ここは「竜の城」ではないが、同じ山の中腹にあり、城へはもう少し。ここで着替えて身支度を済ませ、出発するのだという。

 到着したらすぐに挨拶をするのだろう。アメリアはそう思い、素直に用意されたドレスに着替えた。真っ白な薄絹を重ね、細い銀糸で控えめな装飾が施された、月の光のような上品なドレスだった。

「よくお似合いですよ」

 レオノーラが目を細めたが、早春の気候に薄地のドレスは少し肌寒い。すると肩に柔らかい毛織のストールをかけてくれ、アメリアはほっとしてそれに(くる)まる。
 それからレオノーラはアメリアを長椅子に座らせ、編み込んでいた髪をほどいて(くしけず)りはじめた。

 暖かいストールのせいか心地よい手の動きのせいか、アメリアは急に眠気におそわれた。

――いけない、昨夜もあまり眠れなかったから……。

 しっかりしなくては……と思ったところで、アメリアの意識は沈んでいった。
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