竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 ドアを開け、彼はいつもと変わらぬ歩みで寝台に向かって進んだ。そこには純白のドレスを着た娘が横たわっている。

 念入りに梳られた、艶やかな栗色の髪。長い睫毛に縁取られた瞼は固く閉じているが、桃色の唇は薄く開いていて、今にも声をあげそうに見えた。

 ヴィルフリートは眠る娘の横に立ち、食い入るようにその姿を見つめた。何故かふと息苦しさを感じ、頭を振って瞳と同様に淡い金色の髪を後ろへ払う。
 こうやって目の前で眠る娘を見下ろすのも、もう何度目になるだろう。その都度別の娘だったが、いつもならひと目見ただけで、この娘ではないと分かったものだ。

 それなのに、今回は違った。初めての感覚に、彼は戸惑う。

 そっと手を伸ばし、陶器のようになめらかな頬に触れてみる。
 ぞくり、と今まで体験したことのない震えが体を駆け抜け、彼は慌てて手を引いた。

 ――何だ、この感覚は?

 閉ざされたごくごく狭い彼の世界で、このような感覚を味わうことは一度もなかった。

 ――これがそうなのか? この娘が私の……?

 眠る娘の瞼が、わずかに震える。
 ヴィルフリートは、初めての思いが胸のうちから溢れるのを感じた。

 ――今、この目が開いたら、どんなふうに自分を見るのだろう。その唇がどんなふうに開いて、どんな声で自分を呼ぶのだろう。

 瞳の色は、何故か見なくても知っている。だが知りたい。その瞳がどんなふうに笑い、この唇がどんな言葉を紡ぐのかを。
 吸い寄せられるようにもう一度手を伸ばし、絹糸のような髪に触れてみる。

 ――なんと柔らかいのか。

 この髪に鼻を埋め、甘い香りに包まれたい。ヴィルフリートは自分でも驚いた。これまでそんなことを思ったことなど無かったからだ。
 彼は悟った。

 ――彼女が、私の(つがい)。生涯の伴侶だ。

 どれだけ待ち望んだことだろう。
 彼女は――彼女こそ、彼のものだ。
 妻や伴侶という言葉では足りない……己の片割れ。まさに(つがい)としか言い得ぬ存在。

 狂おしいほどの喜びに、彼の全身に震えが走る。
 欲しい、欲しい。今すぐこの腕にかき抱いて、もう永遠に離したくない。

 身体中を、激しい欲望が渦を巻いて駆け抜けた。荒い息を吐き、崩れそうな膝に力を入れて堪える。ここで崩れて寝台に手を触れでもしたらどうなってしまうか、自分でも想像がつかなかった。

 分かっている。もし今ここで衝動のままに娘を手折っても、誰も彼を責めないだろう。この城の主は彼であり、この娘は自分のものだ。たとえ彼女とて、責めることはできない。
 だが、きっと彼女は泣くだろう。そのような姿を見たいとは思わなかった。

 だから、彼は耐えた。身の内から湧き上がる、凶暴と言ってもいいほどの激しい衝動に。

 ――私の、(つがい)

 いま一度、ひと筋の髪を指先に絡め……白い額に、そっと口付ける。甘い香りが、彼の鼻腔を満たした。ひどく惜しい気持ちで、ゆっくり手を放し、視線を向けたまま、そっと後ずさる。

 ――巡り合えた。

 小さな吐息を残し、ヴィルフリートは部屋を出た。



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