竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
扉を閉めて振り返ると、少し離れたところにエクムントが控えていた。ヴィルフリートが唇を噛みしめているのを見て、ほんの一瞬、痛ましげな表情を浮かべる。
「ヴィルフリート様、ギュンター子爵がお待ちしておりますが。いつも通りにお帰りいただくということで……」
「いや、返さなくとも良い」
「……は?」
エクムントは信じられないといった様子で立ち尽くした。
「彼女が、私の妻だ」
そう言って奥へ向かうヴィルフリートを見送り、エクムントはしばらくそのまま立っていた。だがついにこらえきれず、目頭を押さえて俯いた。
靄がかかったような、ひどくぼんやりとした目覚めだった。
いやに重い頭を上げて、アメリアはそろそろと身を起こす。――知らない部屋だ。
「……?」
外は明るく、鳥のさえずりが聞こえる。朝なのだろうか。
――ええと……確か、馬車を降りて、着替えをして……それから……?
途中で急に眠くなったところまでは覚えている。まさか、そのまま眠ってしまったのかしら?
そこへドアが開いて、誰かが入ってきた。
「お目覚めになりましたか。おはようございます、アメリア様」
「レオノーラさん……?」
やはり朝なのか。アメリアが怪訝な顔をしていたからか、レオノーラはすまなそうに微笑んだ。
「説明は後程。まずはお召し替えをしましょうね」
身支度を整えたアメリアに、レオノーラは軽い食事を持ってきてくれた。
「アメリア様には申し訳なかったのですが、この『竜の館』の場所を秘密にするために、眠り薬を飲んでいただきました」
レオノーラの話に、アメリアはスープを掬う手が止まってしまった。
驚くことに、実は自分が本当に「花嫁」になるかどうか、ここへ来るまで確実ではなかったという。まさか眠っている間に連れてこられ、既に「竜」に目通りさせられていたとは、思いもしなかった。
「では、もしも私が『花嫁』ではなかったら……?」
「その場合に備えて、眠っていていただく必要があったのです」
今までの娘もそうだったが、ヴィルフリートが「この娘ではない」と判断した場合は、実はそっと親許へ返されていたという。もともと自分の娘が「竜の花嫁」になったと触れ回るような親はなかったし、秘密裏に王都を出てきていたから、元の暮らしに戻り、ほとんどの娘がもう他のところに嫁いでいるらしい。
「ただ、王都でこちらのことや、主のことを話されては困ります。ですから眠っていていただく必要があるのです」
ならば自分ももしかしたら今頃は、家に返されていくところだったのか。もし「竜の花嫁」にならずに済んだなら……。
ただ普通の娘と違って、アメリアにはそれが幸せだったかどうか分からない。役に立たなかったと伯爵にがっかりされるのが、目に浮かぶようだ。
いったいどちらが良かったのだろう。思わず黙り込んでしまったアメリアに、レオノーラは嬉しそうに言った。
「ですが貴女様こそが『花嫁』なのです。さあ、今度こそ主が――ヴィルフリート様がお待ちですよ」
「ヴィルフリート様、ギュンター子爵がお待ちしておりますが。いつも通りにお帰りいただくということで……」
「いや、返さなくとも良い」
「……は?」
エクムントは信じられないといった様子で立ち尽くした。
「彼女が、私の妻だ」
そう言って奥へ向かうヴィルフリートを見送り、エクムントはしばらくそのまま立っていた。だがついにこらえきれず、目頭を押さえて俯いた。
靄がかかったような、ひどくぼんやりとした目覚めだった。
いやに重い頭を上げて、アメリアはそろそろと身を起こす。――知らない部屋だ。
「……?」
外は明るく、鳥のさえずりが聞こえる。朝なのだろうか。
――ええと……確か、馬車を降りて、着替えをして……それから……?
途中で急に眠くなったところまでは覚えている。まさか、そのまま眠ってしまったのかしら?
そこへドアが開いて、誰かが入ってきた。
「お目覚めになりましたか。おはようございます、アメリア様」
「レオノーラさん……?」
やはり朝なのか。アメリアが怪訝な顔をしていたからか、レオノーラはすまなそうに微笑んだ。
「説明は後程。まずはお召し替えをしましょうね」
身支度を整えたアメリアに、レオノーラは軽い食事を持ってきてくれた。
「アメリア様には申し訳なかったのですが、この『竜の館』の場所を秘密にするために、眠り薬を飲んでいただきました」
レオノーラの話に、アメリアはスープを掬う手が止まってしまった。
驚くことに、実は自分が本当に「花嫁」になるかどうか、ここへ来るまで確実ではなかったという。まさか眠っている間に連れてこられ、既に「竜」に目通りさせられていたとは、思いもしなかった。
「では、もしも私が『花嫁』ではなかったら……?」
「その場合に備えて、眠っていていただく必要があったのです」
今までの娘もそうだったが、ヴィルフリートが「この娘ではない」と判断した場合は、実はそっと親許へ返されていたという。もともと自分の娘が「竜の花嫁」になったと触れ回るような親はなかったし、秘密裏に王都を出てきていたから、元の暮らしに戻り、ほとんどの娘がもう他のところに嫁いでいるらしい。
「ただ、王都でこちらのことや、主のことを話されては困ります。ですから眠っていていただく必要があるのです」
ならば自分ももしかしたら今頃は、家に返されていくところだったのか。もし「竜の花嫁」にならずに済んだなら……。
ただ普通の娘と違って、アメリアにはそれが幸せだったかどうか分からない。役に立たなかったと伯爵にがっかりされるのが、目に浮かぶようだ。
いったいどちらが良かったのだろう。思わず黙り込んでしまったアメリアに、レオノーラは嬉しそうに言った。
「ですが貴女様こそが『花嫁』なのです。さあ、今度こそ主が――ヴィルフリート様がお待ちですよ」