竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
ヴィルフリートはアメリアのそんな逡巡など気が付かぬようだ。口元に笑みを浮かべ、ひたすらアメリアを見つめている。そんな相手にどうしていいか分からず思わず下を向くと、レオノーラが笑った。
「ヴィルフリート様、お茶をお持ちします。どうぞアメリア様を座らせておあげなさいませ」
そう声をかけられ、ヴィルフリートは初めて気が付いたように頷いた。
その後お茶が運ばれ、向かい合って腰を下ろした。しかし横で見ているレオノーラが思わず苦笑してしまうほど、二人の会話は弾まなかった。
アメリアが緊張して口数が少ないのは分かるが、ヴィルフリートまでが黙り込んでしまうのでは話にならない。もっともヴィルフリートのほうは始終うっとりとアメリアを見つめているので、決して気まずいわけではなさそうだったが。
竜の「番」への無条件な恋慕というのは本当なのだわ、とレオノーラは思った。話には聞いていたが、実際目の当たりにするとやはり驚く。いや、今初めて目にするものではない。昨日、眠るアメリアと密かに対面したときから、ヴィルフリートはそうだったではないか。
昨日の夕方、眠るアメリアの部屋から出てきたヴィルフリートは、完全に恋する男になっていた。
自室へ戻っても膝の上に広げられた本のページが繰られることはなく、時折ドアの方を見ては溜息をつく。
「ヴィルフリート様、もう一度会いに行かれては?」
見かねたレオノーラが声をかけたが、ヴィルフリートは首を振るだけだった。
そして一夜明けて、間もなくアメリアも目覚めるだろうと身支度をさせようとして、レオノーラはまた驚かされた。
「それではなく、明るい色の方が良いのではないか?」
今まで主が、用意された服に注文をつけたことなど一度もなかった。服に拘ったところで、別に今までは見せるような相手もいなかった……と言ってしまえばそうかも知れないが。
少しでも良く見せようと思うくらい、アメリアに惹かれているのだ。
――良かった、お相手に巡り会えて。ヴィルフリート様も、これで幸せになれる。
乳母として、ヴィルフリートを赤子の時から慈しみ育てあげてきたレオノーラは、目を閉じて主の幸せを祈るのだった。