竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 それでも、黙って座っているばかりではどうにもならない。二人の様子に流石に不安を感じたレオノーラは、ヴィルフリートに「竜の城」を案内するように勧めた。

「これからはアメリア様の城でもあるのです。ヴィルフリート様、よく説明して差し上げて下さいね」

 そしてそっとヴィルフリートに耳打ちをした。

「黙って見とれていたのでは、アメリア様が困ってしまわれます。城を案内しながら、会話をしなくてはいけません。好きなものや気になることなど、いろいろ聞いてさしあげるのですよ」

 主とはいえ、彼にとってレオノーラは母親と変わらない。生真面目な顔で頷くヴィルフリートに励ますように笑いかけ、レオノーラは二人を送り出した。



「ええと……では上から行こうか」

 城の案内などしたことがないヴィルフリートは、正直何をどうしていいのか分からなかった。そもそも物心ついてからこの方、客など迎えたことがない。

 ――とりあえず彼女が、邸内で迷わなければいいのだろうか。

 そんなことを考えながら階段を登りきると、ヴィルフリートは廊下を見回した。奥から順に、説明すればいいのだろうか? そう言えばレオノーラが「寝室は開けてはいけません」と言っていた。

「この奥には寝室がある」
「はい」

 それだけ言って通り過ぎると、つい他の部屋も同じような説明になってしまう。そのせいであっという間に二階の案内は終わってしまい、気詰まりなまま一階へ降りてきた。

「ここは図書室だ」
「図書室、ですか?」

 アメリアがヴィルフリートを見上げた。初めてアメリアの方から目を合わせてくれて、ヴィルフリートは自然に口元をほころばせる。

「ああ。中を見たいか?」
「はい、ぜひ!」

 アメリアの目が輝いた。


「まあ……! すごいご本ですね!」

 膨大な量の本が書架に整然と並べられ、広い図書室を埋め尽くしていた。歴代の「竜」達は基本的に城の中で一生暮らすので、皆読書好きになる。無論アメリアは知らないが、代々集められてきた本は、王宮の図書館にも匹敵するかもしれない。

「本が好きか?」
「はい。ですが、あまりたくさん読ませてはもらえなくて……」

 嫌な思い出でもあるのか目を伏せるアメリアを見て切なくなり、ヴィルフリートの声は自分でも驚くほど優しくなった。

「いつでも好きなときに、本を読んで構わない」

 高い書架を見上げていたアメリアは、それを聞いて思わず振り返る。

「本当ですか?」
「ああ。手の届かない本があれば、私に言うといい」
「ありがとうございます! 嬉しいです」

 アメリアが初めて笑顔を見せた。ヴィルフリートにはそれがたまらなく愛おしい。
 その後ヴィルフリートは、図書室の中を興味深げに歩くアメリアに、貴重な古書や珍しい図版などを示してやった。

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