竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜

初めての夜

　ヴィルフリートの姿を見たとたん、アメリアは息が苦しくなった。何か言うべきなのか、どうするべきなのか。何も考えられないのに、ヴィルフリートはこちらに向かって歩いてくる。

「――アメリア？　どうした、そんなところで立ったままで」

　そう聞かれても、アメリアは動けない。何か答えようにも、胸に何かが詰まったようで声さえ出ない。

　近づいたヴィルフリートは、アメリアの顔を見て初めて理解した。自分とアメリアとでは、違うのだ。

　彼のほうは、これが「竜」の本能なのだろう。アメリアを恋い慕うあまり、心はもう飛びかからんばかりになっている。竜にとっての「番(つがい)」というのは、そういうものらしい。彼はそう聞いていたし、実際アメリアにあってから、まさに自分がその状態にあるのを感じていた。

　だが、相手は竜ではない。いくら彼が彼女を欲しようと、同様に惹かれてくれるとは限らない。アメリアにとって自分は、今日会ったばかりの男だ。夫だ、番(つがい)だと言われたからといって、そう簡単に心を許せるものでないだろう。それどころか、口もきけないほど緊張しているのが手に取るように分かる。

　いったいどうしたらいいのだろう。部屋の真ん中でお互いに向かい合ったまま立ち尽くしてしまう。

「アメリア？」

　そっと呼んでみたが、アメリアの反応はない。
　ヴィルフリートは思い切ってアメリアの肩に手を触れた。寝台なり長椅子なりに掛けさせて、落ち着かせようと思ったのだ。だがその瞬間に、アメリアの身体がまた小さく震えるのを感じる。

　――しまった、よけい怖がらせてしまっただろうか。

　アメリアに嫌われたくはないが、今さら後には引けない。足がすくんだ彼女を無理に押すようにして、寝台に向けて歩き出した。

　名を呼ばれたのは分かったが、返事をすることはできなかった。
　肩に手をかけられただけで、アメリアは胸をぎゅっと引き絞られたような気がする。思わず震えたのが分かったのか、ヴィルフリートは一瞬困った顔をする。

　気づけばアメリアは寝台に横たえられていた。
　ヴィルフリートが腰を下ろし、ベッドが僅かに軋む。
　
「アメリア……」

　アメリアは身の置きどころがない思いで、目を伏せていた。完全に目を閉じてしまうのも怖いが、思い切って見上げる勇気もなかった。いつヴィルフリートが手を伸ばしてくるかと思うと、指先が震えてしまうのを隠せない。
　ところが思いがけず優しい声で呼ばれ、アメリアはおそるおそるヴィルフリートを見上げた。