竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜

 淡い金色の瞳が、自分を見下ろしている。ランプだけの薄暗い部屋なのに、ヴィルフリートの瞳は淡い光を放っている。

 ――これが、「竜」の()なんだわ。

 アメリアはなぜかそんなことを思った。ランプの光のせいなのか、それともこれが人間(ひと)との違いなのか。

 昼間図書室にいた時は、別段恐ろしいとは思わなかった。目や髪の色が違うだけなのかと、わずかに安心もした。
 だがこうして暗闇でヴィルフリートの瞳を見ると、やはり何かが違うと思わずにいられない。いったんは忘れていた「人間(ひと)ならざるもの」への恐れが、また頭をもたげてくる。

 そんなアメリアを知ってか知らずか、ヴィルフリートは感に堪えぬように呟いた。

「アメリア、私の(つがい)……。本当に、番に……伴侶に会えるとは、もう何年も信じられなかった」

 アメリアは今朝レオノーラから聞いた話を思い出した。思いきって、ずっと知りたかったことを訊ねてみる。

「ヴィ……ヴィルフリート様」
「何だい、アメリア?」
「……レオノーラさんに聞きました。ヴィルフリート様の、その……伴侶になるかどうかは、ヴィルフリート様にしか分からない、と」

 黄水晶(シトリン)の瞳が細められ、優しい声が返ってくる。

「ああ、その通りだよアメリア。今までも何人かの娘と会ったが、どうしても違うとしか思えなかった」
「では……、どうして私だと思われたのですか……?」

ヴィルフリートは言葉を探すように、首を傾げた。

「……うん、私も、自分の『竜』の部分をうまく説明するのは難しい。だが、昨夜君を見た瞬間から……とにかく君が気になってたまらない。君は眠っていたけれど、どんなふうに私を見るのだろう、どんな声で私を呼ぶのだろう? そんなことが頭を離れないんだ」

 あまりに素直な告白に、アメリアは頬を赤らめた。そんなふうに関心を向けられるのは、今までのアメリアにはなかったことだから。

「ヴィルフリート様……」
「それに、アメリア」

 ヴィルフリートが手を伸ばして、アメリアと指を絡めた。

「あ」
「君に触れたくてたまらない……」

 ヴィルフリートがゆっくりと顔を近付けた。
 唇が触れる。
 ふわりと立ちのぼったアメリアの香りに、ヴィルフリートは何も考えられなくなった。すぐにも寝衣を剥いで、すべてを奪ってしまいたい。何度も何度も口づけを繰り返しながら、ヴィルフリートは早くも荒ぶる衝動を必死で押さえつけていた。

 アメリアは轟くような自分の胸の音を聞いていた。

 身分を隠して町に出入りしていた時、同じ年ごろの娘たちの内緒話を耳にすることは何度かあった。町の娘たちは自分たちよりも自由に恋愛を楽しんでいるようで、好きな相手との口づけがいかに素敵だったか、あるいは親の目を盗んで二人きりで過ごした夜が、いかに素晴らしかったか。そんなことを楽しげに語り合っていたのを、羨ましく思っていたのを覚えている。

 ――違うわ。あれはきっと、何か別の話だったんだわ。

 アメリアは混乱した頭の中でそんなことを思った。そんなロマンチックな感情など微塵も湧いてこない。どうしたらいいのか全く分からず、ただじっと身体を固くしているだけだ。

 それでも彼の――竜の(つがい)だと言われた以上、アメリアは彼の妻なのだ。逃れることは出来ない。自分は全て覚悟してきたのではなかったか。ところが実際のアメリアは、ただただ目を閉じて震えることしか出来なかった。
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