竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
短い陶酔から覚めて初めて、ヴィルフリートは腕の中の娘が小鳥のように震えていることに気がついた。見るときつく目を閉じて、まるで苦痛に耐えるような顔をしている。
彼は大きく息を吐き、それからややぎこちなく体を起こした。
「アメリア。……アメリア、目を開けて」
ヴィルフリートが身体を離した気配に、アメリアはそっと目を開けた。見るとヴィルフリートが優しい笑みを浮かべている。
「今日はもう休もう」
「え……?」
「君には想像もつかないだろうね。ひと目見た時から、君は私にとってたった一人の、大切な存在なんだ。――だが、君にとって私は……そうじゃない。いつかはそうなって欲しいけれど、今は違うことは分かっている。だから、無理をしなくていい」
――ヴィルフリート様……?
何を言おうとしているのか。アメリアが理解しきらないうちに、ヴィルフリートは、アメリアの手をそっと包みこんだ。
「あ、あの、私……。何かお気に障ることをしてしまったのでしょうか?」
ようやくアメリアが言葉を絞り出すと、ヴィルフリートは首を振って微笑んだ。
「もちろん、そんなことはない。――言っただろう、君に無理をさせたくないだけなんだ。君は私の、大切な伴侶だから。……もう少し。出来れば君が、私を好きになってくれたら……。全てはそれからでいい」
「ヴィルフリート様……」
アメリアはどう受け取って良いか分からなかった。
――初夜に夫となる人のほうからそんなことを言われては、花嫁としては失格なのではないかしら?
それでもヴィルフリートの言葉は、心底アメリアのことを考えてくれているように思える。本音を言えば、ほっとしたことも事実だった。
ヴィルフリートが横になり、再度アメリアの手を取った。
「ただ……出来ればこのままで。同じ寝台で眠りたい。――いいかな?」
「あ……、はい、ヴィルフリート様」
「ではおやすみ、アメリア。よい夢を」
頷いたヴィルフリートが目を閉じる。本当に眠ってしまったのか、それともアメリアに気を遣ってくれたのかは分からない。
「……おやすみなさいませ、ヴィルフリート様」
とても眠れそうにない。そう思いながら、アメリアはそっと囁き返した。しかし長旅と今朝からの緊張に、心身ともに疲れきっている。自分でも気づかぬうちに、アメリアは眠りに引き込まれていった。
不安げな浅い呼吸が、少しずつ深くなってゆく。
ヴィルフリートは目を閉じたまま、アメリアの寝息を聞いていた。