竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜

竜の城の生活

 アメリアの新しい生活が始まった。

 まずはレオノーラによって、主だった使用人にも紹介された。家令のエクムントをはじめ、料理人や庭師まで。ヴィルフリートはひどく限られた世界で暮らしているので、ただの主と使用人という関係ではない。信用できる人間を選び、その分結びつきは濃いようだった。
 みな、主が長いこと待ち続けていた伴侶がついに現れたことを喜び、アメリアを歓迎してくれている。
 ただ家令のエクムントだけは、アメリアを値踏みするような、疑わしげな目つきで眺めていた。

 新しい生活とはいっても、社交界に出ることも、仕事をすることもない。「竜の城」から出ることのないヴィルフリートだから、当然その妻のアメリアも同じようにその傍らにいるだけだ。使用人も揃っているこの館で、アメリアのすることはない。

 その日の午後、アメリアはヴィルフリートに連れられて庭を歩いていた。

「ここは山の中にあるから、君のいた王都より夏が短いらしい。でもこれからの季節、沢山の花が咲いてとても綺麗なんだよ」
「ヴィルフリート様、この花は何というのですか?」

 可憐な早春の花々に、アメリアは惹き付けられた。
 王都では花壇に植えられたものと、邸の中を飾るための豪華な花しか見たことがなかった。まして義父カレンベルク伯爵は、花などにまるで興味のない人物だったから。

「あの、ヴィルフリート様。まだ先へ行くのですか?」

 綺麗に整備された芝生と花壇を過ぎ、木立のなかへ分け入っていくヴィルフリートに、アメリアは心配になった。ずいぶん館から離れた気がする。

「この先に、君に見せたいものがある。――ああ、疲れたかい?」
「いいえ、歩けます。ただ、ええと……。お庭を出てしまうのかと……」

 ヴィルフリートは合点がいったように頷いた。「竜の城」は険しい山の中にあるが、実際小さな山ひとつを占めるくらいの土地を有している。庭として整えられている以外の敷地も広い。

「心配はいらない。この辺り一帯が『竜の城』の敷地なんだ」

 そして先に立って、木々の間を進んで行った。
 アメリアが辺りを見回しながらヴィルフリートについて行くと、急に目の前が開け、小さな崖の上に出た。

「ま……あ」

 遥か遠くに霞む、まだ雪を被る山々。何処までも続く緑の木々と、その先には畑なのか、茶色の地面も広がっている。目を凝らせば森の向こうには、光を反射して輝く水面。……あれは湖だろうか? 
 そして視線を上げれば、これまで灰色の雪雲ばかりだったのが、ようやく春らしい淡い青色をのぞかせ始めた空。薄くちぎれた綿のような雲の間から、柔らかい太陽の光が注いでいた。

 一昨日ここへ来る途中で眺めた景色よりも、さらに素晴らしい眺望だ。アメリアは声もなく見入っていた。

「気に入った?」

 後ろからヴィルフリートの声がした。

「はい、こんな広々として、美しい景色……初めて見ました。連れてきて下さってありがとうございます」
「それなら良かった。また見に来よう」
「はい、ヴィルフリート様。……もう少し、見ていてもいいですか?」

 ヴィルフリートは笑って頷いた。

「なら次は、ここへ椅子を用意させようか」
「布でも敷けば十分ですわ、ヴィルフリート様。そのときは私、お茶を持って参ります」
「それは楽しそうだ」

 アメリアは目の前の景色を見ながら、隣に立つヴィルフリートをちらりと見上げた。他愛ない内容だけれど、初めて笑顔で会話が進んだことが嬉しかった。
 帰りはヴィルフリートに花や木々の名を教えてもらいながら、ゆっくりと庭を散策して戻っていった。



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