竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
花が咲き始めたばかりのキイチゴの茂みの前で、ヴィルフリートとアメリアが微笑みながら話している。
レオノーラは窓からその様子を眺めていた。
――私の心配しすぎかもしれない。お二人は自然に打ち解けていらっしゃるようだし……。
今朝、二人のベッドを整えようとして気付いたのだった。シーツにほとんど乱れがない。おそらくお二人は、まだ……なのだ。
王都の貴族達とは違い、ヴィルフリートには後継をもうける必要はない。それに「竜」はどうしてか子ができにくいと聞いている。だから別に、焦る必要はないのだが。
それでもあれほど番を待ち望み、ようやくアメリアを得たヴィルフリートなのだ。とにかく幸せになってもらいたい。レオノーラの願いはそれだけだ。
――きっと、アメリア様を思いやられたのでしょう。
幸せそうなヴィルフリートの笑みを見て、レオノーラはようやく安心して窓から離れた。
「ヴィルフリート様」
アメリアの声に、ヴィルフリートは読んでいた本から顔をあげた。今日は風が強いので、二人は図書室で過ごすことにしたのだった。
アメリアが「竜の城」へ来て、もう十日がたっていた。ヴィルフリートは変わりなく、常に優しい笑みをうかべてアメリアを見ている。アメリアのほうはまだいくらか緊張が残るが、それでも少しずつ、二人でいることに慣れてきていた。
「お邪魔をして申し訳ありません。あの、この本の続きを……」
「ああ、もう読んだのか。アメリアは読むのが早いんだね」
そう言って立ち上がり、奥の書棚へ向かう。壁際の書棚は背が高く、アメリアの読んでいる本は数時間前にヴィルフリートが取ってやったものだった。ヴィルフリートでさえ、梯子状の踏み台を使わないと届かない高さだ。アメリアになど、危なくてとても上らせられない。
踏み台に上り、まずアメリアの読み終えた方を棚に戻し、すぐ隣の本を引き抜く。するときつく詰め込まれていたせいか、さらに隣の本が引っ張られて飛び出した。
「きゃっ!」
ぱたぱたと音をたてて、数冊の本が落ちた。幸いアメリアのいるのとは反対側だったので、びっくりしただけで済んだのだが。
「アメリア、大丈夫か?」
「すみません。驚いただけです、当たっていません。今、拾いますね」
アメリアは一冊ずつ拾っては、ヴィルフリートに手渡した。
「これで最後です。これ、ずいぶん小さなご本ですね」
最後の本を手に取って、アメリアは首をかしげた。革装の大きな本が多いなかで、アメリアの両手の上に収まる程度の大きさの本は珍しい。ヴィルフリートが受け取って棚に収めるのを見ながら、アメリアはやっと思い出した。
「あ……」
「ん? どうした、アメリア」
「いえ。何でもありません、ヴィルフリート様」
――あの小さな本と同じようなものを、前に見た。そう、いつか王宮でギュンター子爵とお会いした部屋で見たんだった。装丁も似ているようだし、同じ本かしら? それとも……。
考えている間に、ヴィルフリートが踏み台を降りた。手にアメリアの頼んだ本を持っている。
「すまない、怖い思いをさせてしまったね。本が当たらなくて良かった」
「え……? そんな、大丈夫です。何ともなかったのですから」
微笑んでヴィルフリートが歩きだし、アメリアはさっき見た小さな本を、ひとまずは忘れることにした。
レオノーラは窓からその様子を眺めていた。
――私の心配しすぎかもしれない。お二人は自然に打ち解けていらっしゃるようだし……。
今朝、二人のベッドを整えようとして気付いたのだった。シーツにほとんど乱れがない。おそらくお二人は、まだ……なのだ。
王都の貴族達とは違い、ヴィルフリートには後継をもうける必要はない。それに「竜」はどうしてか子ができにくいと聞いている。だから別に、焦る必要はないのだが。
それでもあれほど番を待ち望み、ようやくアメリアを得たヴィルフリートなのだ。とにかく幸せになってもらいたい。レオノーラの願いはそれだけだ。
――きっと、アメリア様を思いやられたのでしょう。
幸せそうなヴィルフリートの笑みを見て、レオノーラはようやく安心して窓から離れた。
「ヴィルフリート様」
アメリアの声に、ヴィルフリートは読んでいた本から顔をあげた。今日は風が強いので、二人は図書室で過ごすことにしたのだった。
アメリアが「竜の城」へ来て、もう十日がたっていた。ヴィルフリートは変わりなく、常に優しい笑みをうかべてアメリアを見ている。アメリアのほうはまだいくらか緊張が残るが、それでも少しずつ、二人でいることに慣れてきていた。
「お邪魔をして申し訳ありません。あの、この本の続きを……」
「ああ、もう読んだのか。アメリアは読むのが早いんだね」
そう言って立ち上がり、奥の書棚へ向かう。壁際の書棚は背が高く、アメリアの読んでいる本は数時間前にヴィルフリートが取ってやったものだった。ヴィルフリートでさえ、梯子状の踏み台を使わないと届かない高さだ。アメリアになど、危なくてとても上らせられない。
踏み台に上り、まずアメリアの読み終えた方を棚に戻し、すぐ隣の本を引き抜く。するときつく詰め込まれていたせいか、さらに隣の本が引っ張られて飛び出した。
「きゃっ!」
ぱたぱたと音をたてて、数冊の本が落ちた。幸いアメリアのいるのとは反対側だったので、びっくりしただけで済んだのだが。
「アメリア、大丈夫か?」
「すみません。驚いただけです、当たっていません。今、拾いますね」
アメリアは一冊ずつ拾っては、ヴィルフリートに手渡した。
「これで最後です。これ、ずいぶん小さなご本ですね」
最後の本を手に取って、アメリアは首をかしげた。革装の大きな本が多いなかで、アメリアの両手の上に収まる程度の大きさの本は珍しい。ヴィルフリートが受け取って棚に収めるのを見ながら、アメリアはやっと思い出した。
「あ……」
「ん? どうした、アメリア」
「いえ。何でもありません、ヴィルフリート様」
――あの小さな本と同じようなものを、前に見た。そう、いつか王宮でギュンター子爵とお会いした部屋で見たんだった。装丁も似ているようだし、同じ本かしら? それとも……。
考えている間に、ヴィルフリートが踏み台を降りた。手にアメリアの頼んだ本を持っている。
「すまない、怖い思いをさせてしまったね。本が当たらなくて良かった」
「え……? そんな、大丈夫です。何ともなかったのですから」
微笑んでヴィルフリートが歩きだし、アメリアはさっき見た小さな本を、ひとまずは忘れることにした。