竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
建国一千年を越える歴史を持つ、バルシュミット王国。
一千年前ともなれば未だ神話の世界との境界が曖昧で、魔物やら妖精やら竜やら、今は伝説の中にしかいない存在に出会うことも、しばしばあったと伝えられている。そしてそのころの人間の世界はまだまだ弱く不安定だった。小さな新しい国が、泡のように次々と立ち上がっては消えていった。
そんな中で若くしてバルシュミット王国を興し、初代の王を名乗ったゲオルグは、周囲の国を恐れる必要のない大国たらんと強く欲した。そのために自らの妹を竜に差し出し、国の加護を願ったという。
やがてゲオルグは妻を娶り、身籠った王妃は月満ちて王子レオンを産んだ。長じた王子は鬼神のような強さを備え、周囲の国を次々に滅ぼしては飲み込んだ。
ゲオルグの望み通り、バルシュミット王国は周囲を圧倒する強大な国として発展を遂げた。そして現在も、比類なき強国として君臨し続けている。
その栄光の影で、隠し通された黒い歴史と悪しき風習も持ち続けてきたのだった。
すなわちそれが「竜の花嫁」だ。建国史からも詳細は削除され、王家が厳重に秘匿している。王国の神話に建国のエピソードが残るだけだ。
だから民には一切真実が伝えられていない。口に出すのも憚られ、それでもいつしか噂は広まってゆく。とはいえ、知られているのはこれだけだ。
王国のどこかに『竜』が住む城がある。その竜が成年を迎えると、王様は王家の血を引く娘を『生贄』として捧げなくてはならない――。
「お嬢様?」
ぼんやりと考えに耽っていたアメリアは、侍女の声にはっと我に返った。湯気のたつ盆を持って、侍女のラウラが心配そうに首を傾げている。
「ああ、ちょっと考え事をしていたの」
ラウラはほっとしたように微笑んで、テーブルに茶器を並べて紅茶を淹れ始めた。
「それならようございました。――さあ、お茶をどうぞ」
頷いて、アメリアは花の香りがついた紅茶に口をつける。伯爵令嬢ながら、自分からはほとんど食べ物や身に付けるものに注文を付けないアメリアの、これだけは唯一の贅沢だった。
「旦那様に、何か叱られなさったのですか?」
ラウラが顔をのぞきこむようにして尋ねた。
普通、きちんと教育された侍女であれば、このような不躾なことは聞かない。アメリアにつけられた侍女のラウラは、王都の町から奉公にきた、気がいいだけの娘だった。
「ううん、別に大したことじゃなかったわ」
無理に微笑んでみせると、ラウラは安心して出て行った。
一千年前ともなれば未だ神話の世界との境界が曖昧で、魔物やら妖精やら竜やら、今は伝説の中にしかいない存在に出会うことも、しばしばあったと伝えられている。そしてそのころの人間の世界はまだまだ弱く不安定だった。小さな新しい国が、泡のように次々と立ち上がっては消えていった。
そんな中で若くしてバルシュミット王国を興し、初代の王を名乗ったゲオルグは、周囲の国を恐れる必要のない大国たらんと強く欲した。そのために自らの妹を竜に差し出し、国の加護を願ったという。
やがてゲオルグは妻を娶り、身籠った王妃は月満ちて王子レオンを産んだ。長じた王子は鬼神のような強さを備え、周囲の国を次々に滅ぼしては飲み込んだ。
ゲオルグの望み通り、バルシュミット王国は周囲を圧倒する強大な国として発展を遂げた。そして現在も、比類なき強国として君臨し続けている。
その栄光の影で、隠し通された黒い歴史と悪しき風習も持ち続けてきたのだった。
すなわちそれが「竜の花嫁」だ。建国史からも詳細は削除され、王家が厳重に秘匿している。王国の神話に建国のエピソードが残るだけだ。
だから民には一切真実が伝えられていない。口に出すのも憚られ、それでもいつしか噂は広まってゆく。とはいえ、知られているのはこれだけだ。
王国のどこかに『竜』が住む城がある。その竜が成年を迎えると、王様は王家の血を引く娘を『生贄』として捧げなくてはならない――。
「お嬢様?」
ぼんやりと考えに耽っていたアメリアは、侍女の声にはっと我に返った。湯気のたつ盆を持って、侍女のラウラが心配そうに首を傾げている。
「ああ、ちょっと考え事をしていたの」
ラウラはほっとしたように微笑んで、テーブルに茶器を並べて紅茶を淹れ始めた。
「それならようございました。――さあ、お茶をどうぞ」
頷いて、アメリアは花の香りがついた紅茶に口をつける。伯爵令嬢ながら、自分からはほとんど食べ物や身に付けるものに注文を付けないアメリアの、これだけは唯一の贅沢だった。
「旦那様に、何か叱られなさったのですか?」
ラウラが顔をのぞきこむようにして尋ねた。
普通、きちんと教育された侍女であれば、このような不躾なことは聞かない。アメリアにつけられた侍女のラウラは、王都の町から奉公にきた、気がいいだけの娘だった。
「ううん、別に大したことじゃなかったわ」
無理に微笑んでみせると、ラウラは安心して出て行った。