竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 そのころレオノーラは、家令のエクムントの使う事務室を訪れていた。

「エクムントさん、お茶をお持ちしました。――少し、お時間を頂きたいのですけど」

 親子ほどの歳の開きはあれど、二人はヴィルフリートが赤子のころからの付き合いだ。エクムントは重要な話だろうと察し、仕事の手を止めてテーブルで向かい合った。

「どうした、レオノーラ。あんたにしては珍しく思い悩んでおるようだが」
「……実は、あのお二人のことなんですけど」

 レオノーラは思い切って、この数日のことを打ち明けた。アメリアがこの館へきて今日で十日目、未だに夫婦のことが行われた気配がない、と。

「お二人はゆっくりと打ち解けて来られているとは思います。ですが……。老婆心とは分かっていますが、今後のことが心配で……」
「まさか花嫁殿が、ヴィルフリート様を拒んでいるのではあるまいな」

 エクムントの額に青筋がたつ。彼はヴィルフリートを思うあまり、やや狭量になることがある。

「爺や様、それはないと思います」

 エクムントの剣幕に慌てたレオノーラは、思わず昔のように呼んでしまった。

 赤子のヴィルフリートが王都から連れて来られたとき、乳母として付いてきたレオノーラは当時十九歳になったばかりだった。
 下級貴族の娘だったレオノーラは、ある伯爵家の次男に見初められ、妻として迎えられた。ところが赤子を産んでまもなく、流行り風邪で夫と子供を一気に亡くしてしまう。当然婚家からは邪魔にされ、新たな「竜」の乳母を求める噂を聞きつけるや否や、レオノーラはヴィルフリートを抱いて馬車に乗せられていた。

 辛い思い出ではあるけれど、今のレオノーラには後悔はない。「竜の特徴(しるし)」こそあれど、ヴィルフリートは美しく聡明に育ってくれ、今は立派な主として仕えている。
 そのヴィルフリートの幸せこそが、今のレオノーラの喜びだった。

「レオノーラ、何故そう言い切れる」

 エクムントが苛立たしげに聞いた。
 彼はこの「竜の城」で先代の家令を務めていた父の跡を継ぐと同時に、ヴィルフリートを迎えた。父親代わりというには歳がいっていたので、エクムントは喜んで「爺や」の役割を受け入れた。父と違い、彼は生涯独り身を通してしまったが、ヴィルフリートさえ幸せならば何の不満もない。

 しかしそのヴィルフリートになかなか「(つがい)」が現れないのは、正直言って見ていられなかった。王宮の人選が間違っているのではないかと、ギュンター子爵を問い詰めてみたことさえある。
本来「竜」は長命だが、三十歳くらいまでに(つがい)が見つけられなかった竜は、その寿命を全う出来ないとも聞く。エクムントは自分の寿命を差し出せるものなら、ぜひそうしたいほどだったのだが。

「調べさせたところ、あの花嫁殿の父親の評判は悪かった。娘の躾がなっておらんのではないか?」
「爺や様、それはギュンター子爵様がしっかり見極めておられるはず。それに、わたくしから見ても、決してそのような(たち)の方には……」
「うむ、それにヴィルフリート様も、心から慈しんでおられるようだしな……」

 二人は紅茶に手をつけることなく話し合い、結局もう少し見守るということで収めるしかなかった。
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