竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
「ああ、あの本のことだったね」

 ふと気づいたように、ヴィルフリートが話を戻した。そっと手を放して隣に座り直す。

「君は読みたければ読んでもいい。だが、私の気持ちを言って良いなら……まだ読んでほしくない」
「何故、そう思われるのですか……? ヴィルフリート様」
「君が思っている以上に、王家の……この件の闇は深い」

 アメリアはそれほど深い気持ちで聞き返したわけではなかった。しかし、思った以上にヴィルフリートの声は暗かった。アメリアは思わず座り直し、目の前の人の顔を窺う。

「今の君には、まだ荷が勝ちすぎる。読むことで、かえって辛くなるかもしれない。ここで私と暮らすうちに、少しずつ理解してくることもあると思う。知りたいことは、その都度聞いてくれればいい。その後……それでも読みたいなら、そのときはもう止めない」
「はい、ヴィルフリート様。おっしゃる通りにします」

 迷いのないアメリアの返事に、ヴィルフリートは驚いた顔をした。だが、すぐにふわりと微笑んだ。

「ありがとう、アメリア。私の言うことを信じてくれて嬉しいよ」
「ヴィルフリート様こそ。私を心配して下さって、ありがとうございます」

 ――まだ出会って半月も経っていないけれど。ヴィルフリート様は、本当に私のことを思い、大切にしてくれている。会う前はあんなに不安だったけれど、今はヴィルフリート様といても怖くない……。

 アメリアはそう思い、ヴィルフリートに微笑んだ。

 時々は笑顔も浮かぶようになったアメリアだが、今の微笑みはこれまでと違う。ヴィルフリートはそう思った。初めて自分に、いくらかでも好意を示してくれたように感じられた。

「アメリア……」

 抑えきれない思慕を込めて、愛しい女の名前が口から零れる。初めての夜以来抑えていた「(つがい)」を求める衝動が、久々に湧き上がるのを感じた。

「ヴィルフリート、様……」

 アメリアの瞳が大きく見開かれた。見る間に頬が赤く染まる。いつの間にか両手で頬を包まれ、ヴィルフリートに口づけられていた。そっと口づけては、アメリアの瞳を見つめる。そしてまた艶やかな唇を啄むように、わずかに触れてはまた離れ、やわらかく何度も食んでゆく。

「ん……」

 初めての晩のように、怖くはなかった。でもあの時以上に頭が真っ白で、何も考えられない。

 ヴィルフリートが顔を上げた。
 アメリアは知らないうちに彼の上衣の裾を握りしめていたが、慌てたように手を放した。俯いた首筋が真っ赤になっている。だが、あの夜のような恐れはもう感じられない。
 彼はもう一度微笑んでアメリアの髪を撫で、先に図書室を出て行った。

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