竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 一人残った長椅子の上で、アメリアは両手で顔を覆った。

 ――ああ、どうしよう、私……?

 そもそも何がどうしようなのか、アメリア自身でも分かっていないのだが。――今の自分の気持ちさえも。
 ヴィルフリートのことは信頼できるし、今はもう一緒にいても安心できる。さっきの急な口づけも、嫌ではなかった。

 ――でも、好きとか愛しているとか……、まだ、そういうのではないと……。でもヴィルフリート様は、違う。あの方は初めから私を……。

 アメリアが嫌がっていないことに、ヴィルフリートは気づいただろうか? だとしたら、この後の夕食で、どんな顔をしていたらいいのだろう?
 頬が熱い。なかなか顔を上げられない。アメリアはレオノーラが探しに来るまで、そのまま一人図書室で座っていた。

 夕食を告げられて、アメリアは緊張を押し隠して食堂へ入って行った。ところがヴィルフリートは、アメリアが拍子抜けするほどいつも通りだった。
 ひょっとして、あれは自分の気のせいだったのかと思うくらいだ。何でもない様子で料理について話し、アメリアの食欲を気遣う。

 ――私のほうが、気にしすぎなのかしら? 

 ヴィルフリートとどうにか会話をしながら、アメリアは自分の気持ちを持て余していた。


 そして、その夜。
 最初の晩以外、アメリアはレオノーラに寝支度を手伝ってもらうことはない。部屋へ下がって湯を使い、髪を梳いて、ヴィルフリートより先に夫婦の寝室で待っている。少しするとヴィルフリートが入ってくるので、そのまま子供のように並んで眠っていた。

 でも、今夜は違うかもしれない。あの時のヴィルフリートからは、最初の晩のような空気を感じた。

 ――ひょっとしたら、いよいよ今夜はそうなさるおつもりかも知れない。あの口づけが、ヴィルフリート様なりの確認なのだとしたら……。

「アメリア」

 ドアが開いて呼びかけられた声に、アメリアはどきっとして身体を震わせた。どうにかいつものように隣に座ると、ヴィルフリートは手を伸ばして、アメリアの頬に口づけた。

「あっ」

 いままでこんなことはしなかった。やっぱり、そうなの……?
 ところがヴィルフリートはすぐに身体を離し、さっさといつものように横たわって、目を閉じてしまう。

「お休み、アメリア。良い夢を」
「……お、お休みなさいませ……」

 アメリアはあっけにとられ、しばらくヴィルフリートの横顔を見つめてしまった。

 ――やだ、私……! これじゃ、まるで……。

 突然自分が恥ずかしくなって、ヴィルフリートに背を向ける。それでも背後からヴィルフリートの規則正しい呼吸が聞こえると、どうしてもヴィルフリートを意識してしまう。胸の音が早くなるのを、頬が熱くなるのを抑えられない。

 その晩、アメリアはなかなか眠れなかった。
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