竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
ひとたび春が訪れると、季節は早い。ほんの数日前に比べてもさらに新しい、アメリアの見たことのない花がいくつも咲き始めていた。それが良かったのか。アメリアは朝よりは落ち着いて、どうにか自然にヴィルフリートと言葉を交わすことができていた。
それでも、ヴィルフリートが足元の花を見下ろして説明したり、あるいは遠くの景色を眺めたりすると、いつの間にかその横顔を見てしまい、言いようのない気持ちになってしまう。
「アメリア、こっちだ。おいで」
初めて見るロックガーデン風の小道のそばで、ヴィルフリートがそう言って、アメリアに手を差し出した。無邪気ともいえるその顔を見て、アメリアは動きを止めてしまった。
――どうしよう、ヴィルフリート様の手を取れない。
ヴィルフリートは首を傾げる。
「どうした? この先は石段があるから」
「は、はい」
昨日までに手を取られたことが、全くないわけではない。なのにどうしてしまったのだろう? アメリアはきゅっと口を結んでこくりと息を飲み、おずおずとヴィルフリートの手を取った。
そっと握り返す、ヴィルフリートの掌が温かい。今まで意識したことはなかったが、その手の大きさに、アメリアは思い知った。彼が自分を求めてやまない「男」であることを。
ところどころにある石段を上り、小道をたどる。アメリアはヴィルフリートの話が半分も耳に入ってこなかった。繋いだ手や、ときおり触れる肩。その度に、なぜかどうしても気になってしまう。
「ああ、やはりもう咲いていたか」
そう言ってヴィルフリートが足を止めたので、アメリアははっと我に返った。見ると薄桃色の細長い花が、溢れるように咲いている。
「君は花の蜜など吸ったことはないだろうね」
「花の、蜜ですか?」
微笑んで頷きながら、ヴィルフリートがぷちんとその花を摘んだ。それをアメリアの口許へ差し出す。
「口を開けて」
「え」
半ば開いていた唇に、柔らかな花びらが差し込まれた。
「――吸ってごらん?」
おそるおそる口を閉じて、そっと吸ってみる。ヴィルフリートはアメリアの反応を期待するように、楽しげに瞳をきらめかせている。その瞳はまるで少年のようだ。アメリアは今日初めて、自然に笑うことができた。
「甘いです、ヴィルフリート様」
「だろう? 子供のころ、よくここで蜜を吸っては叱られたものだ」
「え、なぜ叱られるんですの?」
するとヴィルフリートがふわりと笑って、花に手を伸ばした。初めて見る無防備な笑顔に、またしてもアメリアの胸がきゅっと締め付けられる。
「庭師が呆れるほどの量だったからね」
そう言ってヴィルフリートは振り向き、アメリアと目が合った。その金色の瞳が一瞬見開かれ、細められる。
――白い手が伸びて、アメリアの頤をつまんだ。
「アメリア」
囁くように名を呼びながら、ヴィルフリートが唇を合わせる。
何度も確かめるように角度を変えては繰り返され、アメリアは引き寄せられるままにヴィルフリートの胸に抱かれていた。
「……!」
腰を抱く腕に力がこもった。
「アメリア」
アメリアははっとした。思わず身を捩って、腕から逃れる。
「……ヴィルフリート様。私……、お先に失礼を……!」
「――アメリア?」
くるりと背を向けて、アメリアは駆けだした。
それでも、ヴィルフリートが足元の花を見下ろして説明したり、あるいは遠くの景色を眺めたりすると、いつの間にかその横顔を見てしまい、言いようのない気持ちになってしまう。
「アメリア、こっちだ。おいで」
初めて見るロックガーデン風の小道のそばで、ヴィルフリートがそう言って、アメリアに手を差し出した。無邪気ともいえるその顔を見て、アメリアは動きを止めてしまった。
――どうしよう、ヴィルフリート様の手を取れない。
ヴィルフリートは首を傾げる。
「どうした? この先は石段があるから」
「は、はい」
昨日までに手を取られたことが、全くないわけではない。なのにどうしてしまったのだろう? アメリアはきゅっと口を結んでこくりと息を飲み、おずおずとヴィルフリートの手を取った。
そっと握り返す、ヴィルフリートの掌が温かい。今まで意識したことはなかったが、その手の大きさに、アメリアは思い知った。彼が自分を求めてやまない「男」であることを。
ところどころにある石段を上り、小道をたどる。アメリアはヴィルフリートの話が半分も耳に入ってこなかった。繋いだ手や、ときおり触れる肩。その度に、なぜかどうしても気になってしまう。
「ああ、やはりもう咲いていたか」
そう言ってヴィルフリートが足を止めたので、アメリアははっと我に返った。見ると薄桃色の細長い花が、溢れるように咲いている。
「君は花の蜜など吸ったことはないだろうね」
「花の、蜜ですか?」
微笑んで頷きながら、ヴィルフリートがぷちんとその花を摘んだ。それをアメリアの口許へ差し出す。
「口を開けて」
「え」
半ば開いていた唇に、柔らかな花びらが差し込まれた。
「――吸ってごらん?」
おそるおそる口を閉じて、そっと吸ってみる。ヴィルフリートはアメリアの反応を期待するように、楽しげに瞳をきらめかせている。その瞳はまるで少年のようだ。アメリアは今日初めて、自然に笑うことができた。
「甘いです、ヴィルフリート様」
「だろう? 子供のころ、よくここで蜜を吸っては叱られたものだ」
「え、なぜ叱られるんですの?」
するとヴィルフリートがふわりと笑って、花に手を伸ばした。初めて見る無防備な笑顔に、またしてもアメリアの胸がきゅっと締め付けられる。
「庭師が呆れるほどの量だったからね」
そう言ってヴィルフリートは振り向き、アメリアと目が合った。その金色の瞳が一瞬見開かれ、細められる。
――白い手が伸びて、アメリアの頤をつまんだ。
「アメリア」
囁くように名を呼びながら、ヴィルフリートが唇を合わせる。
何度も確かめるように角度を変えては繰り返され、アメリアは引き寄せられるままにヴィルフリートの胸に抱かれていた。
「……!」
腰を抱く腕に力がこもった。
「アメリア」
アメリアははっとした。思わず身を捩って、腕から逃れる。
「……ヴィルフリート様。私……、お先に失礼を……!」
「――アメリア?」
くるりと背を向けて、アメリアは駆けだした。