竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜

「アメリア様?」

 駈け込んできたアメリアを見て、レオノーラが声をあげた。

「どうかなさったのですか?」
「――いいえ、何も」

 真っ赤な顔で俯いて、アメリアは逃げるように階段を上がって行く。レオノーラは首をかしげてそれを見送った。

 ――ヴィルフリート様はどうなさったのかしら?

 そう思って庭を窺っていると、やがてヴィルフリートが戻ってくる。

「ヴィルフリート様、どうかなさったのですか?」

 思わず問うと、ヴィルフリートは困ったように首をかしげた。

「いや、なんというか……。どうも困らせてしまったらしい」
「何かおっしゃったんですの?」
「いや、言ったわけでは……。うん、まあ大丈夫だろう」

 ヴィルフリートの反応は鈍いというか、どうも歯切れが悪い。見るとほのかに耳元が赤くなっている。そのまま図書室の方へ向かっていくヴィルフリートを見送って、レオノーラはまた首をかしげた。

 ――喧嘩でもなさったのかしら。

 いまいち釈然としないまま、レオノーラは紅茶の用意を始めた。



 アメリアは後ろ手にドアを閉めて、そのまま寄りかかって息をついた。
 ヴィルフリートのそばに居るのがいたたまれなくて、寝室に逃げ込んでみた。けれど、もちろん何の解決にもなっていない。顔を上げて部屋を見回してみても、ベッドが目に入ると余計に落ち着かなくなる。それにこの部屋には、ヴィルフリートがいつ入ってくるか分からないのだ。
 結局、身支度に使っている続き間の小部屋へ入っていき、化粧台の前に腰を下ろした。
 目の前の鏡には、我ながら情けない顔をした自分が映っている。そんな自分を見たくなくて、アメリアは目を伏せて両手で熱い頬を押さえた。

 ――私、いったいどうしてしまったの? ヴィルフリート様がまともに見られない。それなのに気になって仕方がないなんて……。ヴィルフリート様に触れられると、飛び上がりそうになる。お顔を見るだけでこんなに胸が締め付けられるのでは、とてもお話なんかできないわ。

 アメリアは顔を覆って俯いた。どきどきと響く胸の音に、とうぶん顔を上げられそうになかった。

「アメリア様、お茶をいかがです?」

 はっと顔を上げると、続き部屋の入口からレオノーラが笑いかけていた。

 レオノーラは黙ってお茶を注ぎ、アメリアの前に差し出した。何気なくカップを口元へ運ぼうとして、アメリアはその香りにはっとする。カレンベルク家で唯一我儘を言って飲んでいた、花の香りのお茶だった。

「これ……」
「お気づきになりましたか?」

 レオノーラが微笑んだ。

「アメリア様がお好きだと聞いて、取り寄せました」

 そう言えば初めて庭に出たとき、ヴィルフリートにそんな話をしたかもしれない。

「覚えていて下さるなんて……」

 思いがけない心遣いに目を細め、アメリアはもう一度香りを吸い込んだ。


「アメリア様は、ヴィルフリート様をお嫌いですか?」

 穏やかに尋ねられ、アメリアは戸惑いながらも答える。

「いいえ、そんなことはありません」
「では……?」
「……私は」

 アメリアはカップを置いて俯いた。レオノーラは何も言わない。

「お会いする前は『竜』としか知らなくて、どんな恐ろしい方かと恐れていました。でもヴィルフリート様は……優しい方だった」
「ええ」
「……」

 黙り込んだアメリアの瞳が揺れている。レオノーラはそれ以上聞かずに立ち上がった。

「それだけ理解していただけているなら、心配いりませんわ。アメリア様、ゆっくり考えてごらんなさいませ」

 そしてもう一度にっこり笑って、部屋を出て行った。
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