竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 そっと図書室の扉を開け、まずはいつもの長椅子を確かめる。ヴィルフリートの姿はない。
 ほっとしたアメリアは、足早に例の本棚の前へ進んだ。アメリアには手の届かない棚に、その本は昨日のままに置かれていた。
 手に取るには、梯子を使わなくてはならない。途端にヴィルフリートの姿を思い出し、アメリアは唇を噛む。

 ――ヴィルフリート様は、読まないで欲しいとおっしゃった。私もそうするつもりだった。それなのにその翌日に、それを裏切ろうと思うだなんて……。

 本を見上げてためらい、立ち尽くしていると、後ろから声がした。

「アメリア?」

 びくりと振り返ると、手に大きな図版を持ったヴィルフリートが立っている。図版は図書室のもっとも奥に置かれていたはずだ。長椅子にいなかったのは、それを取りに行っていたからか。
 ヴィルフリートはアメリアの視線の先にあるものに気がついた。

「……やはり、気になるか……?」
「――ち、違います!」

 ヴィルフリートには、知られたくなかった。アメリアは再びヴィルフリートの前から逃げ出した。



 ヴィルフリートは茫然とアメリアを見送った。図書室の扉が閉まる音がする。

 ――いったいアメリアはどうしたのだろう? 昨日から、どうもおかしい。自分が近寄ったり目を合わせたりすると、怯えたような様子を見せる。

 嫌われただろうか。
 ここへきて一週間あまり、ようやく自然に微笑んでくれるようになったと思ったのに、自分は何か不快なことをしただろうか。
 心当たりはある。――昨日からの口づけだ。夜は必死で耐えているが、アメリアの笑顔を見たら、気持ちを抑えきれなくなってしまったのだ。あれがいけなかったのだろうか?

 さっきのアメリアを思い出すと、ヴィルフリートの胸は痛んだ。
 例の本、「竜の末裔」に関することが書かれている本。あれを眺めて、アメリアは何やら思い悩んでいた。

 ――やはり、人ならざる身は恐ろしいのか?

 思わずため息をついたその時、再び図書室の扉が開く音がした。その重たげな足音で、ヴィルフリートには分かる。

「ヴィルフリート様、おいでですか」
「ここだ。今行く」

 家令のエクムントは、長椅子の前で直立不動で待っていた。

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