竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
「どうした、エクムント」
「先ほど、花嫁殿が出て行かれましたな」
「……ああ」
「喧嘩でもなさったのですか」

 ヴィルフリートが憮然として答えないでいると、エクムントの目がきらりと光った。

「あまり付け上がらせてはなりませんぞ、ヴィルフリート様。だいたいろくでもない家の娘のくせに、主人に対してあのような態度をとるなど……」
「やめろ、エクムント」

 ヴィルフリートのいつになく苛立たしげな声に、エクムントが目を丸くする。

「彼女は別に付け上がってなどいない。そんなふうに、目を吊り上げないでやってくれ。――おまえのせいで逃げられたらどうするんだ」
「逃げる、ですと? それ、その態度こそが生意気だというのです」
「……」

 ヴィルフリートは思わず首を振ったが、エクムントは矛を収める気はないらしい。

「ヴィルフリート様の前でなんでございますが、未だ伽さえ拒んでいるのでしょう。そんなわがままを許しては……」
(じい)!」

 さすがに一喝すると、エクムントが口をつぐんだ。

「よくもまあ、そのようなことを……。そうか、レオノーラだな。ならば言おう。彼女が拒んでいるわけではない」
「は……?」
「私が、機を待っているだけだ」
「……なんですと? いったいどうしてヴィルフリート様が、そのようなことをしてやる必要があるのです」

 そのとき、笑い声がした。

「まあまあ、本当に殿方というものは……」

 レオノーラは長椅子に近づいて、柔らかく微笑んだ。

「お茶をご用意しましたので、どうぞ。じいや様もそのくらいで」
「だが、そもそも心配していたのはあんたではないか、レオノーラ」

 エクムントは気がおさまらないのか、レオノーラにも目を剥いた。レオノーラは頷く。

「はい、確かに心配しておりました。ですが、アメリア様のご様子を見ていて考え直しましたの。じいや様もどうか、この件はヴィルフリート様に、ご本人同士にお任せなさいませ」

 ヴィルフリートも仏頂面で頷く。レオノーラにも言われては、エクムントも引き下がらないわけにはいかない。
 レオノーラはさっきアメリアと話をしたので、いろいろなことが見えていた。だが、いくら我が子のように大切な主といえども、こればかりは自分が口を出すことではないだろう。エクムントに言ったとおり、レオノーラは黙って見守ることに決めていた。



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