竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜

雨やどり

 翌日、二人はいつかと同じ、あの見晴らしの良い崖に来ていた。ヴィルフリートはあの時の話をちゃんと覚えていてくれて、手には敷き布と、お茶の入った籠がある。

「どうぞ、ヴィルフリート様」
「ああ、ありがとう」

 アメリアが差し出すカップをヴィルフリートは笑顔で受け取った。ただいつもと違うのは、二人ともそのまま黙り込んでしまうことだ。
 昨夜も今朝も、なんとなくぎこちない二人だった。それなのになぜ、ヴィルフリートはここへ誘ったのだろう? アメリアがそれに頷いたのは、ここでならば思い切って打ち明けられるかも、と思ったからだ。あの日、初めて普通に話が出来た場所だから。

 アメリアも自分の紅茶を淹れ、ポットを置いた。ほんの何日か経っただけで、眼下に広がる景色はいっそう鮮やかになり、ところどころに明るい色の草花が群生している。空も青く高くなり、いかにも春らしい陽気だった。

「……だいぶ暖かくなったな」
「……はい」

 ぽつりと言葉を交わしても、また沈黙が訪れる。このままではいけないと焦るアメリアに、高い鳥のさえずりが聞こえた。

 ――雲雀(ひばり)だ。これもヴィルフリート様に教えてもらったのだった……。

 ほんの僅かの間に、自分のなかでどれほどヴィルフリートの存在が大きくなっていることか。
 青空にもう一度目をやって、アメリアは思い切って口を開いた。

「ヴィルフリート様」

 ヴィルフリートは黙ってアメリアを見る。一見穏やかなその金色の瞳の奥にどれだけの思いが込められているか、今のアメリアは感じ取ることができなかった。彼女もまた、自分の思いでいっぱいだったから。

「昨日のことをお詫びします。二度も勝手に戻ったりして、無作法をいたしました」
「……そんなことは、気にしてない。アメリア、もし――」
「恥ずかしかったのです。だってあの時、ヴィルフリート様は……」

 ヴィルフリートが言いかけるのを押しとどめるように、アメリアは続けてしまった。今のうちに伝えないと、二度と言えなくなってしまいそうだったのだ。

「ああ……悪かった。つい……」

 ヴィルフリートが頷き、アメリアは頬を染めて俯いた。

「だが、アメリア。図書室で君は……」
「申し訳ございません。お約束したのに」

 再び口をつぐんだアメリアを、雲雀の声が励ました。まだ言わなくてはならないことが残っている。だが、どう伝えたらいいのか分からない。
 迷っているうちに、ヴィルフリートのほうが沈黙に耐えかねて口を開いた。

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