竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
「……やはり、私が怖いか?」
ヴィルフリートの声音に暗いものを感じ、アメリアは弾かれたように顔を上げた。果たして目の前の人は、ひどく辛そうな顔をしている。
「違います、ヴィルフリート様! 逆なんです」
「逆?」
「初め……お会いする前は、どんな恐ろしい方かと不安でした。正直に言えば、……お会いするのが恐いとさえ、思っていました。でも、今はもう違います。ヴィルフリート様は……優しい方です」
「アメリア……」
風が強くなって、アメリアの髪を揺らした。アメリアはカップを置いて、両手を膝できゅっと握り合わせる。
「こうしてお傍にいるようになって、ヴィルフリート様を知るほどに、優しい方だと分かりました。そうしたら急に、どうしていいか分からなくなったのです。……惹かれていく自分に気付かなくて、怖かったのです」
ヴィルフリートがびくりと身体を揺らした。まじろぎもせずにアメリアを見つめ、やがて口を開いた。
「嫌われたのかと、思っていた」
「いいえ、違います」
身動ぎした拍子に、手の中でカップが音をたてた。彼は不思議なものを見るような顔で、カップを傍らへ置いた。
それからアメリアの両手を取った。アメリアの指先を包み込むその手は、いつもより少し冷たかった。
「嫌わないでくれ、と。どうしても嫌なら、寝室を分けてもいい。だから、せめてここに……。傍にいてくれ、と。そう言おうかと思っていた」
「ヴィルフリート様……」
あまりに一途な、真摯な瞳に、アメリアの胸が激しい音をたてる。これまで知らなかった感情が、胸をいっぱいに締めつける。それは不安ではなく、もちろん恐怖でもない。
昨日までと違って、アメリアはどう答えるべきか知っていた。
「私……。ヴィルフリート様が、好きです」
言い終えないうちにもう、アメリアはヴィルフリートに抱きしめられていた。
「アメリア……、アメリア」
譫言のように何度も名を囁かれる。息も出来ないほどにきつく抱かれた胸から、彼の激しい鼓動が伝わってきた。
「ヴィルフリートさま、くるし……」
気が遠くなりそうな思いでやっと呟くと、やっと腕を緩めてくれた。目が合って恥ずかしさに頬を染めたアメリアの髪を払い、ヴィルフリートが頬を寄せたその時。
「あ」
雨粒が、アメリアの頬に当たった。どうやら天候が急変したらしく、空が暗い。そういえば先ほどから、風も強まっているようだ。
これは一雨来る。ヴィルフリートにはすぐに分かった。
「これはいけない。アメリア、戻ろう」
話に気を取られていたせいで、さすがのヴィルフリートも気配に気付くのが遅れたのだろう。カップを片付けて敷布をまとめている間に、早くも大粒の雨が落ちてきてしまった。敷布を被せたアメリアの手を引いて、ヴィルフリートは木立のほうへ駆け出した。
ヴィルフリートの声音に暗いものを感じ、アメリアは弾かれたように顔を上げた。果たして目の前の人は、ひどく辛そうな顔をしている。
「違います、ヴィルフリート様! 逆なんです」
「逆?」
「初め……お会いする前は、どんな恐ろしい方かと不安でした。正直に言えば、……お会いするのが恐いとさえ、思っていました。でも、今はもう違います。ヴィルフリート様は……優しい方です」
「アメリア……」
風が強くなって、アメリアの髪を揺らした。アメリアはカップを置いて、両手を膝できゅっと握り合わせる。
「こうしてお傍にいるようになって、ヴィルフリート様を知るほどに、優しい方だと分かりました。そうしたら急に、どうしていいか分からなくなったのです。……惹かれていく自分に気付かなくて、怖かったのです」
ヴィルフリートがびくりと身体を揺らした。まじろぎもせずにアメリアを見つめ、やがて口を開いた。
「嫌われたのかと、思っていた」
「いいえ、違います」
身動ぎした拍子に、手の中でカップが音をたてた。彼は不思議なものを見るような顔で、カップを傍らへ置いた。
それからアメリアの両手を取った。アメリアの指先を包み込むその手は、いつもより少し冷たかった。
「嫌わないでくれ、と。どうしても嫌なら、寝室を分けてもいい。だから、せめてここに……。傍にいてくれ、と。そう言おうかと思っていた」
「ヴィルフリート様……」
あまりに一途な、真摯な瞳に、アメリアの胸が激しい音をたてる。これまで知らなかった感情が、胸をいっぱいに締めつける。それは不安ではなく、もちろん恐怖でもない。
昨日までと違って、アメリアはどう答えるべきか知っていた。
「私……。ヴィルフリート様が、好きです」
言い終えないうちにもう、アメリアはヴィルフリートに抱きしめられていた。
「アメリア……、アメリア」
譫言のように何度も名を囁かれる。息も出来ないほどにきつく抱かれた胸から、彼の激しい鼓動が伝わってきた。
「ヴィルフリートさま、くるし……」
気が遠くなりそうな思いでやっと呟くと、やっと腕を緩めてくれた。目が合って恥ずかしさに頬を染めたアメリアの髪を払い、ヴィルフリートが頬を寄せたその時。
「あ」
雨粒が、アメリアの頬に当たった。どうやら天候が急変したらしく、空が暗い。そういえば先ほどから、風も強まっているようだ。
これは一雨来る。ヴィルフリートにはすぐに分かった。
「これはいけない。アメリア、戻ろう」
話に気を取られていたせいで、さすがのヴィルフリートも気配に気付くのが遅れたのだろう。カップを片付けて敷布をまとめている間に、早くも大粒の雨が落ちてきてしまった。敷布を被せたアメリアの手を引いて、ヴィルフリートは木立のほうへ駆け出した。