竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 激しい雨音も、時折吹き抜ける冷たい風も忘れた。

「竜の特徴(しるし)」とは、どういうものだろう。それを目にしたとき、自分は取り乱さずにいられるだろうか。ここへ来るまでの馬車の中で、アメリアはひたすらそれを案じてきた。
 そして今、時間すら止まったかのように、アメリアは息を詰めてそれを凝視している。

 二の腕の外側に、白く輝く鱗――ヴィルフリートの「竜の特徴(しるし)」。
 ひとつひとつが銀貨ほどの大きさのそれは、十枚ほどだろうか。形こそ魚の鱗と同じだけれど、まるで違う。真珠よりも透き透った……そう、月長石《ムーンストーン》に虹を映したら、こんなふうに煌めくかもしれない。

「気味が悪いか」

 頭の上から声がした。見上げると、ヴィルフリートの金色の瞳が揺れている。あまり長いこと黙って見つめていたせいか、その目には不安げな光が見えた。

 アメリアはこれまで、「竜の特徴(しるし)」とはどんなものなのか、人ならざる証を見せられるのを恐れてきた。
 確かに、その身に鱗をもつ人間などいない。初対面でこれを見せられたら、間違いなく震えあがっただろうと思う。
 でも今のアメリアは、もうヴィルフリートの為人(ひととなり)を知っている。決して異形のものなどではない。

「……触れてみても、いいですか」

 アメリアの言葉にヴィルフリートは一瞬目を瞠ったが、黙ってゆっくりと頷いた。そっと伸ばした指が、鱗の一枚に触れる。アメリアは一度指を離し、掌でそっと包んだ。

「温かい……」

 宝石のような無機質な輝きを放っていても、その下に温かさが感じられる。間違いなく血の通っている、ヴィルフリートの体温が。

「……怖くないのか?」
「はい」

 躊躇いなくアメリアは頷いていた。あれほど悩んでいたのが嘘のようだった。
 ヴィルフリートが、信じられないという顔でアメリアを見る。その顔を見てアメリアは思った。

 ――私は何をあんなに恐れていたの? 生まれつきの痣や黒子(ほくろ)と、何が違うというのかしら。

「ごめんなさい、ヴィルフリート様。怖がったりして……。ヴィルフリート様は、ヴィルフリート様でしたのに」

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