竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜

竜の妻

「まあ、ヴィルフリート様、アメリア様!」

 突然の雨を心配してホールで待っていたレオノーラは、濡れ鼠になって駈け込んで来た主たちに思わず声をあげた。しかしヴィルフリートはアメリアを抱いたまま、二階へ駆け上がろうとする。ついて来ようとするレオノーラに、振り返って言った。

「私がするから、来なくていい」

 レオノーラは階段の手すりを掴んだまま、あっけにとられて立ちつくした。

 アメリアを下ろすと、ヴィルフリートはまず羽織らせた上着をはいだ。その下のドレスももうほとんど冷たい雨に濡れて、アメリアの手足にまとわりついている。暖炉には火が入っていたが、早く脱がなければ冷え切ってしまうだろう。
 胸元のリボンにかけたヴィルフリートの手を、アメリアが止めようとした。

「あの、ヴィルフリート様。自分で……!」
「駄目だ、風邪を引く」
「あっ……」

 濡れた布は解きにくい。いささか乱暴に引いたリボンがきゅっと音をたて、その下のボタンまで外れてしまった。そのまま下まで続くボタンを、ヴィルフリートはもどかしい思いで外してゆく。

「ああ……」

 アメリアが首まで赤く染めて俯いた。ただ濡れた服を着替えさせるわけではない。もうそれくらいは分かっている。

 濡れて冷たいドレスが剥ぎ取られ、足元に落とされた。幸いコルセットまでは雨が通っていなかったので、ヴィルフリートは苦労することなくこれも外した。
 シュミーズ姿になったアメリアをベッドに座らせ、ヴィルフリートは自分のシャツを脱ぐ。広い庭を横切ってきた彼のシャツは、絞れるほどに雨を吸っていた。びしゃりと重い水音をたててシャツが放り出される。その腕の鱗を隠す腕輪は、もうない。

 ヴィルフリートが半身を晒したのを見て、アメリアは思わず視線をそらした。
 まるで突き動かされたように気持ちを伝えてしまった。それは良かったのだけれど、あれよあれよという間に……こんなことになってしまった。

 ヴィルフリートはタオルを取って、雫の垂れる髪をかき上げる。そしてアメリアの額も濡れているのに気づいて手を伸ばした。

「あ、私が……」

 タオルが触れて慌てて顔を上げると、金の瞳と目が合った。その淡い耀きに吸い込まれるように、アメリアは動けなくなってしまった。
 ヴィルフリートは目を合わせたまま、タオルを傍らに置いた。両手でアメリアの頬を包む。
 濡れた金色の髪がぱらりと落ちてきたのを合図に、アメリアは目を閉じた。

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