竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 そのまま重なり合うように倒れると、ヴィルフリートはアメリアの手をとった。その指先は小さく震えている。ヴィルフリートの胸は、また不安で締めつけられた。彼女の睫毛が濡れているのは雨のせいか、それとも……?

「アメリア、やはり怖いか?」

 訊ねる彼自身の声も、いくらか震えてしまったようだ。

「いいえ、ヴィルフリート様」
「だが……」

 ヴィルフリートはためらった。
 今のアメリアには、彼のそのためらいが分かる。
 初めての晩とは、ヴィルフリートへの気持ちは違う。それでもやはり急だし、心の準備が出来ていない。

 ――でも、このままではヴィルフリート様は……、また私のためにご自分を抑えてしまう。

 アメリアは首を振り、懸命に言葉を紡いだ。どれほど不安でも恥ずかしくても、言葉にしなくてはきっとこの人には伝わらない。

「こ、怖いのは……初めてのことだから、です。ヴィルフリート様が怖いのでは、ありません。だから……」

 そこまで言って、アメリアは頬を染めて視線をそらした。どうしても、それ以上は言えない。
 さすがのヴィルフリートも、その意味を取り違えることはなかった。いつの間にかきつく握りしめていた手をそっと解き、指先に小さく口づける。

「愛している、アメリア」

 ヴィルフリートは再び身を屈めた。



 外は次第に暮れてきたが、雨は止む気配を見せない。
 二階から下りてきたレオノーラに料理番が尋ねた。

「レオノーラさん、そろそろお食事をご用意してもいいですかねえ?」
「ああ、ええと……どうやらお休みのようなので、後で軽く食べられそうなものを作っておいてくれます?」
「あらまあ、ヴィルフリート様が。珍しいこともあるもんですねえ」

 首を振り振り厨房へ戻って行く料理番を見送ってから、レオノーラはもう一度階段の上を振り返った。
 濡れ鼠だった二人が大丈夫か心配になり、レオノーラはそっと様子をうかがいに行った。そして雨音にかすかに混じる、アメリアの細い声を聞いてしまったのだ。

 ――今日はもう、下りていらっしゃらないかもしれない。良かった、外で何があったのか分からないけれど、お二人はひとつ越えられたのかしら……。

 レオノーラはほうと安堵の息を吐き、ホールを後にした。



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