竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 ヴィルフリートの起き上がる気配に、アメリアは目を覚ました。
 物音のする方を見ると、ヴィルフリートが暖炉に薪を足しているところだった。掻き立てられた炎で、部屋がぼうっと明るくなる。燭台に火を移して振り向いたヴィルフリートから、アメリアは頬を赤らめて目を逸らした。

「アメリア、起こしてしまったか?」

 ひたひたと音をたてて戻ってきたヴィルフリートは、枕もとに燭台を置くと、再びベッドに上がる。アメリアを抱き寄せ、額をつける。部屋はいくらか冷えていたけれど、ヴィルフリートの腕は暖かかった。

「そういえば、夕食を食べ損ねてしまったね」

 ヴィルフリートがさほど残念そうでもなく言い、アメリアははっと顔を上げた。
 雨は上がったようだけれど、外は真っ暗だ。いったい、今は何時ごろなのだろう。この静けさからすると、もう真夜中なのかもしれない。
 夕食に降りてこない二人を、レオノーラたちはどう思っただろう。夫婦として当たり前、むしろやっと通常の状態になったとはいえ、やはり少し恥ずかしい。

 ヴィルフリートには、腕の中でたじろぐアメリアの気持ちなど分からない。

「どうする、何か食べたいなら用意させようか?」
「そんな、とんでもないです」

 アメリアは慌てて首を振った。

「ヴィルフリート様が大丈夫なら、私は」

 するとヴィルフリートは微笑んで、アメリアに口づける。

「私は君さえいれば、それでいい。君がこうして、私の腕の中にいてくれるだけで」

 曇りのないその微笑みに、アメリアの胸が幸せに満たされた。まったく飾ることのないひたむきな愛情を、照れることも隠すこともない。こんなふうに愛されたら、きっと嘘も隠し事もできないに違いない。

 ――この方は、世間の汚れに一切触れていらっしゃらない。

 アメリアは改めて、そんなヴィルフリートの純粋な気性に強く惹かれた。
 この人の妻になるには、自分も余計な悩みや心配、恥ずかしいと思う気持ちを捨てなくては。そんな考えがちらりと浮かぶ。

「あっ」

 するりとヴィルフリートが覆い被さり、アメリアは思わず身を震わせた。

「ヴィルフリート様……?」

 ――もしかして……?

 ほんのわずか前にヴィルフリートを受け入れたばかりの身体は、正直なところまだ辛かった。それでも今はこうしていることが嬉しくて、もしまた求められても拒めそうにない。

「まだ、痛むのだろう?」
「……はい、でも……」
「辛いなら」

 ヴィルフリートの言葉を遮るように、アメリアは首を振る。

「アメリア……」
「ヴィルフリート様」

 アメリアはヴィルフリートの妻になった。彼は「竜の末裔」、人ならざるもの。

 ――いいえ、そんなことはどうでもいい。竜であろうとなかろうと、私はヴィルフリート様が……好き。

 アメリアは初めて自分から、ヴィルフリートの首に手を回した。
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