竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
蜜月
「竜の館」に、いよいよ本格的な春が到来した。
高地のせいか王都で見たような色鮮やかな花は少ないが、そのぶん野趣あふれる可憐な花々が一斉に咲き乱れ、庭のそこここを彩る。青空のもと暖かい日差しが降り注ぎ、庭の草花は豆の茎のように一晩でびっくりするほど伸びていった。
もう三十年以上もこの館で働いている庭師の二コラは、毎年この季節は大忙しだ。貴族の邸宅のようにきっちり整える必要はないとは言え、うっかりしているとあっという間に草がはびこり、小道の両脇から伸びた若枝が行く手を塞いでしまう。
「さあ次は、東の花壇だな。ああ忙しい、早いとこ刈ってやらねえと……」
大きな籠に鋤や鍬、鋏を入れて担いだ二コラは、大股で庭を横切っていった。忙しい季節は大変だが、庭仕事は今や天職だ。歩きながらもきょろきょろと庭全体を見回して、庭木や花の様子を確認する。
「おっと」
小道へ曲がろうとして、二コラは慌てて歩みを止めた。そっと後ずさり、踵を返す。
彼は一瞬見てしまったのだ。主のヴィルフリートが、林檎の木の下で花嫁を抱いて口づけているのを。
「いけねえいけねえ。しょうがねえ、生垣を先にするか」
口の中で呟きながら去って行く二コラの顔はほころんでいた。
二コラだけではない。ここで働く者は、ヴィルフリートが子供のころから知っている者ばかり。なかなか番に巡り合えない主を、誰もが心の底から心配していたのだ。そんな主がやっと花嫁、アメリアを迎えた。どうか幸せにと、祈るような思いで見守っていたのは、皆同じだ。
初めのうちこそぎこちなかったが、その後主夫婦は、見るからに仲睦まじい様子を見せるようになった。もちろん何があったか知っているのはレオノーラだけだが、それでもヴィルフリートが実に幸せそうにしているのを見れば、皆も嬉しくなってしまう。二コラのように、仕事の手順が狂うくらいは何とも思わないのだった。
高地のせいか王都で見たような色鮮やかな花は少ないが、そのぶん野趣あふれる可憐な花々が一斉に咲き乱れ、庭のそこここを彩る。青空のもと暖かい日差しが降り注ぎ、庭の草花は豆の茎のように一晩でびっくりするほど伸びていった。
もう三十年以上もこの館で働いている庭師の二コラは、毎年この季節は大忙しだ。貴族の邸宅のようにきっちり整える必要はないとは言え、うっかりしているとあっという間に草がはびこり、小道の両脇から伸びた若枝が行く手を塞いでしまう。
「さあ次は、東の花壇だな。ああ忙しい、早いとこ刈ってやらねえと……」
大きな籠に鋤や鍬、鋏を入れて担いだ二コラは、大股で庭を横切っていった。忙しい季節は大変だが、庭仕事は今や天職だ。歩きながらもきょろきょろと庭全体を見回して、庭木や花の様子を確認する。
「おっと」
小道へ曲がろうとして、二コラは慌てて歩みを止めた。そっと後ずさり、踵を返す。
彼は一瞬見てしまったのだ。主のヴィルフリートが、林檎の木の下で花嫁を抱いて口づけているのを。
「いけねえいけねえ。しょうがねえ、生垣を先にするか」
口の中で呟きながら去って行く二コラの顔はほころんでいた。
二コラだけではない。ここで働く者は、ヴィルフリートが子供のころから知っている者ばかり。なかなか番に巡り合えない主を、誰もが心の底から心配していたのだ。そんな主がやっと花嫁、アメリアを迎えた。どうか幸せにと、祈るような思いで見守っていたのは、皆同じだ。
初めのうちこそぎこちなかったが、その後主夫婦は、見るからに仲睦まじい様子を見せるようになった。もちろん何があったか知っているのはレオノーラだけだが、それでもヴィルフリートが実に幸せそうにしているのを見れば、皆も嬉しくなってしまう。二コラのように、仕事の手順が狂うくらいは何とも思わないのだった。