竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
「大丈夫です、ヴィルフリート様」

 アメリアは微笑んで首を振った。

「アメリア、無理に笑わなくていいんだ。前に言ったとおり、辛いときはそう言ってほしい」
「いいえ、本当に大丈夫なんです」

 重ねて答えながら、アメリアはふと思った。ヴィルフリートには、アメリアのような両親はかえって理解しがたいかもしれない。

「ヴィルフリート様は、私の家のことはご存じないのですね?」
「ああ。エクムントなら、多少は聞いているかもしれないが」

 アメリアは頷く。するとヴィルフリートがアメリアの腰を抱いた。

「聞かせてくれないか、君のことを」
「家族のことですか? あまり、楽しい話ではありませんけど……」
「いいんだ。私に会う前は、どんなふうに暮らしていたのか。君のことなら、どんなことでも教えてほしい」

どんな子どもだったのか、日々何を思い成長してきたのか。知りたいのは、自分も同じだ。だからアメリアは頷いた。

「はい、ヴィルフリート様」

 気づけばいつしか、もう夕日が差しこんでいた。話し終えたアメリアはヴィルフリートの肩にもたれて、静かに体温を分かち合っている。

「だから、大丈夫なのです。確かに母のことは気になりますけれど、会えたからといって、おそらく何の言葉もかけてはもらえません。……母はそういう人なのです」
「そうか」

 ヴィルフリートは家族というものを知らない。だが気丈に笑むアメリアの瞳に宿る、淋しげな光は感じとった。

「では、私と同じだな」
「ヴィルフリート様と?」

 アメリアは目を瞠った。これまで何となく、ヴィルフリートは特別だと思っていた。だから言われるまで、そんなふうに考えたことがなかったのだ。

「王都には、私を産んだ母がいると聞いている。だが私に「竜の特徴(しるし)」があると知ると同時に、私は母から離され……、乳母のレオノーラと共にここへやって来た。私はもちろん母の顔など覚えていないが、あちらも同様だろう。もしかしたら、私を産んだことすら忘れているかもしれないな」
「ヴィルフリート様……」

 アメリアはかける言葉がみつからなかった。情けない顔で自分を見つめるアメリアに、ヴィルフリートは微笑む。

「そんな顔をするな。会ったこともない、それどころか名すら知らない母になど、思い入れはない。私にはレオノーラやエクムントがいる。それに、今は……」

 ヴィルフリートの伸ばした手が、アメリアの頬を包んだ。

「今はアメリア、君がいる。君さえいれば、私はもう何も望まない」
「ヴィルフリート様……」

 そっと口づけられ、そのまま抱き寄せられる。その腕に次第に力がこもるのを感じながら、アメリアも思っていた。

 ――私も、ヴィルフリート様がいれば、もう何も……それでいい。

 金色の陽射しに包まれて、二人は頬を寄せ合って動かなかった。


 
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