竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜

 山では秋の訪れが早い。朝夕少しずつ涼しさを増し、早咲きの秋の花がぽつぽつと咲き始めた。見上げる空も日々高く、澄んでくる。

 ある日、お茶を飲んでいる二人のもとに、家令のエクムントがやって来た。

「ギュンター子爵様から、お手紙です。今年はこちらへの訪問を見送られるとのことです」

 ギュンター子爵は、もともと年に二度、春と秋にこの館を訪れることになっていた。

「どうもですな、王都でひどく悪い病が流行っているそうで。必要な物やお言伝(ことづて)があれば、今日の使いに申し付けてほしいと」

 子爵はアメリアの件だけでなく、「竜の館」に関わる一切を任されている。花嫁に関わること以外にも、館の近くで手に入らないもの(主に本の入手)の依頼や、王宮から支給される金の運び役も兼ねていた。

 ヴィルフリートはすぐに頷いた。

「エクムントのほうで問題がなければ、私は構わない。そのような時に、無理に子爵に来てもらうこともないだろう」

 頷いたエクムントはアメリアにも尋ねた。

「奥様のほうはいかがですかな」

 初めのうちは胡散臭そうにアメリアを見ていたエクムントだったが、ヴィルフリートとの仲睦まじい様子に次第に態度が柔らかくなった。最近は笑顔で「奥様」と呼んでくれている。

「私ですか? 特に必要なものは……」

 そう言いかけて、ふと思いついたことがある。この辺りは雪が多く、冬の間はほとんど邸内で過ごすと聞いた。

「ヴィル様、こちらは冬の間、外へ出られないのですよね?」
「ああ。だから欲しいものがあれば、頼んでおいたほうがいい」
「でしたら……」

 アメリアが願ったのは、裁縫道具一式と布だった。当然エクムントやヴィルフリートに詳細が分かるはずもなく、レオノーラが呼ばれる。

「贅沢な生地ではなく、私が普段身につけられるものでいいですから。冬の間、時間があるのなら、と思って。お願いしてもいいかしら?」
「それはもちろん大丈夫ですが……」

 レオノーラは驚きを隠せなかった。貴族のなかには刺繍をたしなむ娘はいるが、仕立てが出来る令嬢なんて聞いたこともない。
 アメリアは恥ずかしそうに説明した。

「幼いころの、無謀な考えだったのです」

 義父の思い通りに嫁がされることを愁い、密かに自立を目指していた。いつかは義父や政略結婚の夫の手から逃れ、思うままに生きてみたいと、そう願っていた。
 まさか「竜の花嫁」になってヴィルフリートに巡り合うなんて、思いもしなかったから。

「不思議……。初めて『竜の花嫁』としてこちらへ行くよう言われたとき、何も知らなかった私は絶望したんです。それが……」

 ヴィルフリートを見上げて微笑むアメリアに、その場の空気が暖かくなる。主夫婦が深く愛し合っていることは、今や館の誰の目にも明らかだった。

「他に届けてもらうものがあるなら、一緒にお願いします。私だけのために来ていただく必要はありません」
「もちろん、大丈夫ですとも。毎回王宮から決まって届けられる品がありますし。それにしてもアメリア様……」

 しんみりしかかったレオノーラを、ヴィルフリートが止めた。

「……ならばアメリア、私の服を作ってもらえないか?」

 期待に目を輝かせているヴィルフリートに、アメリアは申し訳なさそうに言った。

「すみません、ヴィル様……。私、男性の服は仕立てられないのです」
「そうか……」

 可哀想なくらい萎れたヴィルフリートを、アメリアはどう慰めてよいか分からずおろおろしている。
 もうこの二人に心配することはない。レオノーラはそっとエクムントと顔を見合わせ、微笑んで頷いた。
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