竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
本格的な冬が来ると、「竜の館」はほぼ雪に閉ざされる。それまでに大量の食糧や薪、油や蝋燭などを蓄えなくてはならない。庭師の二コラは植木の保護に加えて、館のあちこちの冬支度に追われていた。
ついに小雪が舞った日、アメリアは毛皮のコートに身を包んで、ヴィルフリートと例の崖まで歩いた。
「ここへ来られるのも、今年はこれで最後だろう」
ヴィルフリートがそう呟き、アメリアは黙って眼下の景色に見入った。空は灰色に垂れこめ、雪雲だと教えてもらった重く厚い雲に囲まれている。まだ雪は積もっていないが、広がる風景は寒々しい。
それでも、こうして開けた土地で遥か向こうを見られるだけいいのだ。冬の間中ずっとあの館のなかにいるなんて、アメリアにはまだ少し想像がつかない。
――ヴィル様は、そういう冬をずっと過ごしてこられたんだわ。
その思いつきに粛然とし、アメリアはそっと横に立つ人を見上げた。二人でも気が滅入りそうに感じるのに、この暗くて寒い季節を、あの館で一人で。
「どうした、アメリア?」
「いいえ、ヴィル様。そろそろ戻りますか?」
――もう二度とヴィル様が、そんな思いをしないで済むように。ヴィル様が、笑っていて下さるように。私はヴィル様のそばにいよう。
手袋をした手をとって、二人は並んで館へ戻っていった。
何度か降っては止みを繰り返し、その度に館の庭を白く染めた雪は、ある晩から本格的に降り続いた。
「すごい……」
ふた晩降り続けてもまだ勢いが衰える様子もなく、窓から見る限りアメリアの腰にも届きそうだ。
「王都では雪は降らないのか?」
ヴィルフリートは本から目を上げて微笑んだ。窓に張り付くようにして雪を眺めるアメリアは、いつもより興奮しているようで何だか可愛い。
「年に一、二度は降りました。でも庭を白く染める程度で、こんなに積もるものだとは……」
アメリアはようやく窓から離れ、ヴィルフリートの隣に戻った。傍らに置いていた刺繍の枠を手に取って笑う。
「ヴィル様の所へ来たおかげで、こんなにすごい雪を見られました」
「……私も君のおかげで、初めてこの季節を楽しいと思えるよ、アメリア」
「ヴィル様」
二人は軽く口づけた。
「……ところで、それはドレスのどこの部分になるんだ?」
ヴィルフリートが興味深そうに、刺繍をする手元を覗き込んだ。アメリアが男物は作れないと知ってがっかりしていた彼だったが、目の前で裁縫をしている姿は珍しいのか、時折突拍子もない質問をする。
アメリアは微笑んだ。
「出来てからのお楽しみです」
「……まあ、いいか。どうせ聞いても、たぶん分からないからね」
「うふふ」
銀糸で繊細な模様をかがるアメリアの指先を、ヴィルフリートは飽きずに眺めていた。
ついに小雪が舞った日、アメリアは毛皮のコートに身を包んで、ヴィルフリートと例の崖まで歩いた。
「ここへ来られるのも、今年はこれで最後だろう」
ヴィルフリートがそう呟き、アメリアは黙って眼下の景色に見入った。空は灰色に垂れこめ、雪雲だと教えてもらった重く厚い雲に囲まれている。まだ雪は積もっていないが、広がる風景は寒々しい。
それでも、こうして開けた土地で遥か向こうを見られるだけいいのだ。冬の間中ずっとあの館のなかにいるなんて、アメリアにはまだ少し想像がつかない。
――ヴィル様は、そういう冬をずっと過ごしてこられたんだわ。
その思いつきに粛然とし、アメリアはそっと横に立つ人を見上げた。二人でも気が滅入りそうに感じるのに、この暗くて寒い季節を、あの館で一人で。
「どうした、アメリア?」
「いいえ、ヴィル様。そろそろ戻りますか?」
――もう二度とヴィル様が、そんな思いをしないで済むように。ヴィル様が、笑っていて下さるように。私はヴィル様のそばにいよう。
手袋をした手をとって、二人は並んで館へ戻っていった。
何度か降っては止みを繰り返し、その度に館の庭を白く染めた雪は、ある晩から本格的に降り続いた。
「すごい……」
ふた晩降り続けてもまだ勢いが衰える様子もなく、窓から見る限りアメリアの腰にも届きそうだ。
「王都では雪は降らないのか?」
ヴィルフリートは本から目を上げて微笑んだ。窓に張り付くようにして雪を眺めるアメリアは、いつもより興奮しているようで何だか可愛い。
「年に一、二度は降りました。でも庭を白く染める程度で、こんなに積もるものだとは……」
アメリアはようやく窓から離れ、ヴィルフリートの隣に戻った。傍らに置いていた刺繍の枠を手に取って笑う。
「ヴィル様の所へ来たおかげで、こんなにすごい雪を見られました」
「……私も君のおかげで、初めてこの季節を楽しいと思えるよ、アメリア」
「ヴィル様」
二人は軽く口づけた。
「……ところで、それはドレスのどこの部分になるんだ?」
ヴィルフリートが興味深そうに、刺繍をする手元を覗き込んだ。アメリアが男物は作れないと知ってがっかりしていた彼だったが、目の前で裁縫をしている姿は珍しいのか、時折突拍子もない質問をする。
アメリアは微笑んだ。
「出来てからのお楽しみです」
「……まあ、いいか。どうせ聞いても、たぶん分からないからね」
「うふふ」
銀糸で繊細な模様をかがるアメリアの指先を、ヴィルフリートは飽きずに眺めていた。