竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 アメリアは弾かれたようにヴィルフリートを見上げたが、彼は無表情のまま、吐き出すように言った。

「私には関係のない人間だ。その名だとて、今初めて聞いたぞ」
「ヴィルフリート様……」
「私は『竜の末裔』、ここで一生暮らす身だ。親など知らぬ。アメリア、君さえいればいい」

 きつく自分を抱き寄せるヴィルフリートに、アメリアは胸が痛くなった。

 ――ヴィルフリート様。……この方は、何という運命を背負われているのか。
 
 現国王を伯父に持ちながら、その身に『竜の特徴(しるし)』があったことで両親から遠く引き離されて育った。そしてようやく(つがい)と巡り会った今になって、不毛な権力争いに巻き込まれようとしている。

「子爵様、まさか……、ヴィル様をお連れになることはないですよね?」

 椅子から腰を浮かせんばかりにして尋ねると、横からそっと手を握られた。そのぬくもりで、取り乱しかけていた気持ちが落ち着くのを感じる。見上げると、金色の瞳はもう平静を取り戻していた。

「話の腰を折って悪かった、子爵」
「とんでもございません。ご不快な話を持ち込んでしまいまして」


 ヴィルフリートは、王妹マルグリットとその夫ハルトムート公の間に生まれた。夫妻は「竜の特徴(しるし)」のある赤子を手放した後、さらに二人の子を得ていた。しかしハルトムート公は今回の病で、二人の子ばかりか妻のマルグリットまで亡くしてしまった。

 病の流行が収まるにつれ、空いた次期王位争いが激しくなってきた。失意のハルトムート公は、遠い昔に手放した息子を突然思い出したらしい。公の側近たちは狂喜した。王の甥にあたるヴィルフリートならば、血筋的には何の問題もない。折しもカレンベルク伯爵の暴露の後で、公の発言を疑う者はなかった。

「ですが、これは陛下がお止めになりました。陛下は公をお呼びになり、自ら説得なさったのです。陛下がどのようにお話しになったかは存じませんが、ハルトムート公は考えを変えられました。ですが……」

 王宮というところは、権力に取りつかれたところだ。ハルトムート公が翻意しても、事情を知らされぬ側近たちはもう止まれない。怖気づいた主に代わってヴィルフリートを迎えようという、過激な一派が動き出してしまった。


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