竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
「そんな……」

 アメリアは動揺を隠せず、ヴィルフリートを見上げた。だがヴィルフリートは沈黙を守っている。

「今のところ、ヴィルフリート様の情報は一切漏れてはいませんし、ここのことも知られてはおりません。陛下からも後継について軽挙妄動を禁ずるとお言葉がありましたので、上手くすればこのまま納まるかもしれません」

 アメリアは思わず大きく頷いた。どうか、そうなってほしい。このままそっとしておいてほしい。

「それでも、思いがけない事態ですし、万一ということがあります。お知らせした上で、お考えを伺っておくべきかと思いました」
「分かった。だが子爵、先にも言った通り、私は『竜の末裔』だ。このままここでアメリアと、密かに一生を送る。それ以外に、何も望むことはない」

 子爵は深く頷き、頭を垂れた。



「アメリア、そんな顔をするな」
「ヴィル様……」

 夕食をともにした子爵は、翌朝早く出発するため部屋へ下がった。それまでどうにか平静を保っていたアメリアだったが、部屋へ戻って二人きりになったとたんに、不安を抑えられなくなってしまった。

「大丈夫だ。彼に言った通り、私はここを動かない。それに……」

 ヴィルフリートは一度言葉を切って微笑んだ。それはアメリアが今まで見たことのない、悲しげな笑顔だった。

「私に親はいない。この館の者たちしか知らない。つい最近まで、産んでくれたことにさえ感謝することもできなかった」
「ヴィル様……」

 アメリアはたまらず、ヴィルフリートの手をとった。その手を両手で握り返し、ヴィルフリートが額を寄せる。

「だが今は君がいる。君に会うために産んでくれたというなら、会ったこともない母に感謝してもいい。――そう思っていた」

 額をつけたまま喋るヴィルフリートの顔は見えない。でもその声音は、何かの感情を必死で堪えているように思えた。

「だが、その母も亡くなり、父は私を権力争いの道具にしようとした。……やはり私に、親はいらない。君がいてくれれば、それで」
「ヴィル様、います。私が……、ずっとお傍に」

 ぱっと顔を離し、ヴィルフリートの金の瞳を見て伝えようと思った。けれど思うように言葉が出ず、代わりに涙が零れてしまう。

「アメリア」

 ヴィルフリートの指が、涙をそっと拭った。それでも新たに滲む涙を、今度は唇で吸い取る。

「ヴィル様……」

 どちらからともなく、互いの身体に腕をまわす。もう何も言わない。二人は長いこと抱き合っていた。
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