竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜

知らぬたくらみ

 翌朝早く、ギュンター子爵は慌ただしく王都へ帰って行った。王宮には問題が山積している。
 子爵は前夜のうちに、エクムントやレオノーラにも話をした。とある印章を渡し、その印を持たない者を通すなと命じたらしい。予想もしない事態に、今朝になっても二人の表情は強張っていた。

 とはいえ、すぐに何が起きるというわけではないし、竜の城の生活も変わらない。
 動揺していたアメリアも数日経つとどうにか落ち着きを取り戻し、竜の城もヴィルフリートも、表面上は穏やかな日常を送っていた。

 一週間や十日では、もちろん子爵からの次の連絡があるはずもない。それは分かっているけれど、一日が何事もなく終わる度に、アメリアはつい考えてしまう。

 ――もしかしたら、何も起こらず終わるのかもしれない。国王陛下がうまく収めて下さったのかも……。

 このまま二人の生活が続いてくれることを、ただひたすらに願うばかりだった。



 ある日二人は庭を歩き、またいつもの崖まで行った。

「少し風が強いですね」
「上着を着てきて良かっただろう?」

 足元にはところどころ、小さな早春の花が咲いている。去年の今頃はまだ、この館とヴィルフリートに馴染むのに精一杯だった。だからそんな余裕はなかったけれど、今年はこの可愛い花々の名を覚えたい。
 アメリアが「竜の花嫁」としてここへ来て、もう一年経ったのだ。

 風は冷たいけれど空は晴れ渡り、遠くまで見渡せた。雪解けして間もないまだ茶色いままの地面が、ずっと向こうまで続いている。そして今はもう名前を知っている湖、そしてまだ白っぽい雲に溶ける、山々の稜線。

「あの向こうに、王都があるのですね」

 地図を見て教えてもらったから、アメリアにもわかる。ずっとずっと遠くだけれど、あの山の向こうにあるはずだ。まだ王位を争っている人達がいるのだろうか。それとももう、いつもの生活を取り戻してくれたのだろうか。どうぞ私たちを、このままそっとしておいてほしい。


 祈るような気持ちで彼方を見つめていると、ヴィルフリートが後ろから抱いた。

「そんな顔をしないでくれ、アメリア」
「えっ」

 アメリアは戸惑った。自分はそんな、不安そうな顔をしていたのだろうか。

 ――ヴィル様が笑顔でいてくれるようにと願ったのに、その私がこれではいけない。

「ごめんなさい、ヴィル様」
「謝ることはない」

 その声は優しく穏やかで、アメリアは少しほっとした。

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