竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜

「竜の城」よりはるか南に位置する王都は、早くも春本番を迎えていた。しかしながらバルシュミット王宮では、例年のように絢爛たる花を飾った令嬢たちが見られない。
 この冬のひどい流行り病で、貴族の中でも沢山の死者が出た。当主や嫡子が亡くなった家も多く、とても夜会だ社交だといっている場合ではない。そもそも王家こそが、王太子をはじめ継承順位の高い王子を、ほとんど失ってしまったのだから。

 と言って、本当に人気(ひとけ)がない訳ではなかった。がらんとした大広間をよそに、柱の陰や人目に付きにくい小部屋で、ひそひそと何人かが集まっては話し合っていた。

「いったいハルトムート公は、どうしてしまわれたのだ」
「あれだけの血筋のお子がおありで、何故ためらわれる?」
「分からぬ。直接お尋ねしたところで、答えては下さらなかった」
 声をひそめ、暗い表情で話しているのは、先日亡くなった王妹マルグリットの夫、ハルトムート公の取り巻きたちだった。
 マルグリットと息子たちを失ったあと、実は先に生まれて「竜の末裔」として外に出された長子があると聞き、彼らは狂喜した。つまりは王の甥だ、生き残った妾腹の子供たちより断然血筋が近い。
 これでハルトムート公は未来の王の父、その権力は揺るぐことはない。彼らはそう信じ、「王子」奪還のため動き出そうとしたのだったが……。

「例の子の話は、なかったことにする」

 ある日王に呼び出された主は、戻ってくると吐き捨てるようにそう言った。そのまま部屋へ引きこもってしまい、酒を飲んでいるのか出てくる様子もない。彼らは驚き慌てて理由を知るべく主を問い詰め、あるものは王宮へ走ったが、何一つ知ることはかなわなかった。

「ハルトムート公はきっと、ご家族を失って消沈してしまわれたのだ」
「あれではいけない。立ち直り、また以前のように力を振るっていただかなくては」

 彼らは暗い目で頷きあった。そうしなくては、彼ら自身の未来が立ち行かない。

「仕方ない、公には少しお休みいただこう。その間に我らで」
「さよう。『王子』をお迎えすればよい」
「そうだ。そうすればきっと、ハルトムート公もお元気になられよう」

 ハルトムート公が王にどんな話を聞いたか、彼らはもちろん知らない。ただ彼ら自身の保身のために、「竜の末裔」たる王子を手に入れる。それがどのような結果を招くか、誰一人知るものはなかった。

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