竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜

王国の闇

 建国一千年を数えるバルシュミット王国の歴史は古い。初代の王の時代については「建国神話」として、いわゆる国史とは区別されていた。
 一千年前……、当時はまだ世界の境目が混沌としていた。今では伝説の中にしかいない生き物たちと、ようやく数を増やし始めた人間たちと。そんな世界のあちこちで、小さな国がいくつもいくつも、泡のように立ち上がっては消えていった。


「――バルシュミット初代国王を名乗ったゲオルグは、何者にも脅かされることのない、強大な国家たらんと欲した。そのために彼は妹姫を竜に差し出し、国の加護を願った。
 やがてゲオルグは妃を迎え、身ごもった王妃は月満ちて王子レオンを産んだ。王子レオンはまさに竜のような強さを発揮し、周りの国々を次々と支配下におさめた。ゲオルグ王の望んだとおり、バルシュミット王国は比類なき強国として君臨した……」

 二人は例の本を広げ、主にヴィルフリートが声に出すかたちで読み進めていた。

「……ここまでは『建国神話』と同じだね」
「はい、王都にいた頃に読みました。ヴィル様は、この本は?」
「いや、まだ読んだことはない。正直なところ、この前のことがなければ……このような本があったことさえ知らなかっただろう」

 いったいこの本は、いつ頃、誰によって書かれたものか。
 古い手書きの文章は、かなり読みにくかった。けれど古書を読み慣れているヴィルフリートのおかげで、アメリアもどうにか理解することが出来た。

「先に進もう。――レオン王子は王太子となり妻を迎えた。やがて妻は身ごもり、子が生まれる」

 妹を差し出して竜に加護を願ったゲオルグ王。その甲斐あってか、王太子レオンはまさに竜人のような強さを誇り、王太子妃はレオンの世継ぎを身ごもった。思えばこの時がゲオルグ王の絶頂期だった。
 ところが生まれた赤子を見て、母親と産婆は卒倒した。知らせを受けた国王ゲオルグも、王太子レオンも青ざめ、言葉を失った。――赤子は全身を輝く鱗で被われていた。

 赤子は人知れず闇に葬られた。しかし、それで話は終わらない。次に産まれた赤子には額に角が、さらに数年後、弟王子の妻が産んだ赤子には、背中に小さな翼があった。
 それだけではない。あろうことか、国王ゲオルグが若い愛妾に産ませた赤子にまでも……。

 そのような姿をした子に、王位を与えるわけにはいかない。すべて生まれると同時に葬られた。だがしかし、その後も王家に(ゆかり)のある赤子は皆、血筋に関わらず何かしら竜の特徴(しるし)を備えて生まれてくる。

 このままでは、折角ここまで築き上げたバルシュミット王国が絶えてしまう。ゲオルグは頭を抱えた。
 その直後にレオンのもとに生まれた赤子の特徴(しるし)は、背中一面の鱗だった。背に腹は代えられないし、服を着てさえいれば分からない。その王子は葬られることなく、王宮の奥深くで育てられることになった。

 すると、その後生まれる赤子たちには、ぴたりと竜の特徴(しるし)が出なくなった。老いた国王ゲオルグは安心し、背中に鱗のある王子は突然「病死」した。するとその後生まれた赤子に、また「竜の特徴(しるし)」が現れた……。


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