竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
「まさか、赤子を」

 ヴィルフリートの手が震えた。己の境遇を受け入れたつもりの彼も、さすがに穏やかではいられなかった。自分と同じ「竜の特徴(しるし)」を持つ子が、どれだけ命を落としたのか。
 アメリアはそっとその手を取りながら思った。妃たちは竜の血を受けたわけでもないのに、なぜそんな赤子
が生まれたのだろう。それに、竜に捧げられたという妹姫については、何も書かれていない。

「これではまるで……」

 言いかけて、アメリアは口をつぐんだ。これは、「加護」ではない。まるで「呪い」だ。だがその末裔(すえ)であり、竜の特徴(しるし)を持つヴィルフリートに、それを言うのはためらわれた。

「いいんだ、私に気をつかうことはない。祖先のしたことが本当なら、あまりにも身勝手な行いだ。報いを受けて当然だろう」
「……はい、ヴィル様。まるで……呪いみたいだと思っていました」

 ヴィルフリートも頷く。二人はさらに身を寄せ合って、続きに目を通した。


 そのようなことを繰り返すうちに、ゲオルグ王は没した。大国の王として君臨しながら、ついに最後まで心安らぐことはなかった。王位を継いだレオンは今や決して閨を共にしようとしない王太子妃には見向きもせず、沢山の愛妾を抱えた。そして同じようなことを繰り返したあげく、あることに気がついた。
「竜の特徴(しるし)」を持つ王子が一人生きている間は、他に特徴(しるし)を持つものは生まれない。ならばたった一人、王宮の奥深くで生かしておけば良いのだと。

 王宮でもごく限られたものだけに秘密は伝えられ、代が替わる度に悲劇が繰り返された。
 次第に宮廷が大きくなると、秘密を守るために「竜の城」がつくられた。そして一人の「竜」を長生きさせておくためには、「(つがい)」をあてがうのが良いと分かった。何故か彼らは王家の血を濃く受け継いだ娘にしか関心を持たなかったので、いつしか明るい黄緑色の瞳を持つ娘が「竜の花嫁」として送られるという習わしが生まれた。「竜」の成年に合わせて、年頃の合う娘をなるべくたくさん産ませるのも、バルシュミット王家の隠された務めになった。

 不運にも特徴(しるし)をもって生まれた「竜の末裔」と、利己的な思惑によって王家の血を受けたにすぎない娘たち。彼らに全てを押し付け、バルシュミット王国は並ぶもののない強国として発展を続けた。
 その裏に、一千年の闇を抱えながら。



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