竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
「……」

 途中で本を閉じた二人は、しばらく口をきけなかった。暖炉にはあかあかと火が燃え盛っているのに、背中からぞくりと寒気が忍び寄るようだ。互いにぴったりと身を寄せ合って手を握り、その下にある革の表紙を眺めていた。

「……大丈夫か、アメリア。やはり、見なかったほうが良かったのでは」
「いいえ、ヴィル様。大丈夫です。……ただ、あまりにも……」
「……ああ」

 大国と言われるバルシュミット王国の、どす黒く生々しい陰の部分。そして自分たちがまさに陰そのものだという事実を、アメリアは受け止めかねていた。

「アメリア、あまり一度に考えてはいけない。今日はもう、ここまでにしよう」
「……はい」

 ヴィルフリートに促されて立ち上がったとき、アメリアはその本の装丁が綻びているのに気がついた。

 ――以前、棚から落ちたときかしら? 貴重な本なのに、傷つけてしまった?

「ヴィル様、待って。――ここ……」

 テーブルに置いてそっと広げる。果たして綴じ目が緩んで、内張りの紙がずれているようだ。貼り直せば大丈夫かと綴じ目を確かめた指先に、奇妙な凹凸が触れた。

「ヴィル様」

 目で示すと、ヴィルフリートもすぐに分かったらしい。細いナイフを手に取ると、注意深く紙を剥いでいく。半分ほど剥がしたところで、折りたたまれた二枚の羊皮紙らしいものが見つかった。

 ヴィルフリートはためらわず、一枚目の紙を開いた。
 それは落ち着きを欠いた調子の走り書きで、古い本の間からとんでもない手記をみつけてしまったこと、内容が本当だとしたら恐ろしくて、とても表に出す勇気がないこと。といって処分してしまうわけにもいかず、ちょうど役目のために記した本があるのでその中に隠す、といったことが書かれていた。

「するとこのもう一枚が、その手記ということだろうか」
「そのようですね。いったい何が……」
「これは……相当古そうな」

 そっと広げてみると、紙片はアメリアの手に乗るほどの大きさだった。インクも薄くなっている上に、どうやら非常に古い書体のようで、アメリアにはほとんど読めない。

「ヴィル様、読めますか?」
「待ってくれ、ええと……」

 はるかに古い時代のものらしく、さすがのヴィルフリートも苦労した。しかしそれは、驚くべきものだった。

「いや、まさか……何かの間違いか? そんな」
「……ヴィル様?」
「これを信じるなら、――この古い方は約千年前。初代ゲオルグの、孫にあたる女性が書いたことになる」
「ええっ?」
「とにかく読んでみよう」

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