竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
そんなことがあり得るだろうか。おそらく本は、何百年か後のものだ。そこへそんな古いものを封じ込めたと……?
『妾は王女ヘルーガ。国王レオンを父に、亡き先王ゲオルグを祖父にもつ身。命あるうちに、書き残しておきたいことがある―――』
それは、古めかしい言葉遣いで、そんなふうに始まっていた。しかし苦労して読み進むうち、二人の顔色は青ざめていった。読み上げるヴィルフリートの声も、次第に途切れがちになる。
「アメリア、君はもう知らなくていい。後は私が」
「いいえ! 私も聞きます。教えてください」
初代国王ゲオルグが差し出した妹姫の名は、エルナと言った。ちなみにこの時代の「竜」とは、ヴィルフリートのような人ではない。伝説通りの、翼や鱗をもつ本物の竜だ。
兄によって、心ならずも竜に捧げられたエルナには、人ならざるものの愛は重すぎたのか。半年ほどで身体を壊し、城へ返された。ところが心も身体も傷ついていた妹を、あろうことかゲオルグは執拗に犯したのだという。
『竜に抱かれたエルナ様と身体を重ねることで、祖父ゲオルグはその力を得ようと考えたのだろう』
ヘルーガはそう推察していた。
竜の次は実の兄だ。エルナには到底耐えられなかったに違いない。それがもとで彼女は完全に正気を失ってしまい、人形のように心を閉ざした。そして城の奥に幽閉されているうちに、自ら命を絶ったという。
『何故誰も分からぬのか。竜は生涯ただ一組の相手、すなわち番としか交わらぬという。ということは、かの竜にとってエルナ様は、まさしく番であったのだ。
しかし残念ながら人間のエルナ様にはその愛を理解するは叶わず、病んでしまわれた。竜も番の命を失うよりはと、泣く泣く城へ返したに違いない。まさかあのようなことになり、亡くなってしまうとは思いもせずに。
つまり、我が父たる王レオンが祖父の時代から頭を悩ませておるこの事態は、番を失った竜と、祖父ゲオルグに好き勝手に弄ばれしエルナ様、二人の恨みが原因。妾には、そのようにしか思えぬ。となれば、父王レオンは間違っている。今のように、竜の特徴を持つ子を片端から殺したとて、何も解決はせぬ』
ヴィルフリートは二枚の紙を元通り折りたたむと、そっと綴じ目の間へしまった。そして黙って立ち上がり、注意深く元の棚へ戻す。
「ヴィル様……」
「今度こそ、今日はもうやめよう。……嫌な思いをさせたね、アメリア」
「いいえ、でも」
「黙って。あとは明日にしよう」
このまま話を置くのも落ち着かないが、ヴィルフリートの気持ちも痛いほど察せられた。
吸い寄せられるように互いに手を回し、抱き合って体温を分かち合う。アメリアの髪に顔を埋めるヴィルフリートの腕が、いつもよりきつかった。
「アメリア……」
「ヴィル様、私は……」
言いかけた言葉を、アメリアは飲み込んだ。そのまま目を閉じて、ヴィルフリートの胸に額をつける。
――私は、あなたをお守りしたいのです。
自分には、なんの力もないけれど。もうこれ以上、この人が辛い思いをしなくて済むように。
窓の外から二人を見下ろす一番星に、アメリアはそっと祈った。
『妾は王女ヘルーガ。国王レオンを父に、亡き先王ゲオルグを祖父にもつ身。命あるうちに、書き残しておきたいことがある―――』
それは、古めかしい言葉遣いで、そんなふうに始まっていた。しかし苦労して読み進むうち、二人の顔色は青ざめていった。読み上げるヴィルフリートの声も、次第に途切れがちになる。
「アメリア、君はもう知らなくていい。後は私が」
「いいえ! 私も聞きます。教えてください」
初代国王ゲオルグが差し出した妹姫の名は、エルナと言った。ちなみにこの時代の「竜」とは、ヴィルフリートのような人ではない。伝説通りの、翼や鱗をもつ本物の竜だ。
兄によって、心ならずも竜に捧げられたエルナには、人ならざるものの愛は重すぎたのか。半年ほどで身体を壊し、城へ返された。ところが心も身体も傷ついていた妹を、あろうことかゲオルグは執拗に犯したのだという。
『竜に抱かれたエルナ様と身体を重ねることで、祖父ゲオルグはその力を得ようと考えたのだろう』
ヘルーガはそう推察していた。
竜の次は実の兄だ。エルナには到底耐えられなかったに違いない。それがもとで彼女は完全に正気を失ってしまい、人形のように心を閉ざした。そして城の奥に幽閉されているうちに、自ら命を絶ったという。
『何故誰も分からぬのか。竜は生涯ただ一組の相手、すなわち番としか交わらぬという。ということは、かの竜にとってエルナ様は、まさしく番であったのだ。
しかし残念ながら人間のエルナ様にはその愛を理解するは叶わず、病んでしまわれた。竜も番の命を失うよりはと、泣く泣く城へ返したに違いない。まさかあのようなことになり、亡くなってしまうとは思いもせずに。
つまり、我が父たる王レオンが祖父の時代から頭を悩ませておるこの事態は、番を失った竜と、祖父ゲオルグに好き勝手に弄ばれしエルナ様、二人の恨みが原因。妾には、そのようにしか思えぬ。となれば、父王レオンは間違っている。今のように、竜の特徴を持つ子を片端から殺したとて、何も解決はせぬ』
ヴィルフリートは二枚の紙を元通り折りたたむと、そっと綴じ目の間へしまった。そして黙って立ち上がり、注意深く元の棚へ戻す。
「ヴィル様……」
「今度こそ、今日はもうやめよう。……嫌な思いをさせたね、アメリア」
「いいえ、でも」
「黙って。あとは明日にしよう」
このまま話を置くのも落ち着かないが、ヴィルフリートの気持ちも痛いほど察せられた。
吸い寄せられるように互いに手を回し、抱き合って体温を分かち合う。アメリアの髪に顔を埋めるヴィルフリートの腕が、いつもよりきつかった。
「アメリア……」
「ヴィル様、私は……」
言いかけた言葉を、アメリアは飲み込んだ。そのまま目を閉じて、ヴィルフリートの胸に額をつける。
――私は、あなたをお守りしたいのです。
自分には、なんの力もないけれど。もうこれ以上、この人が辛い思いをしなくて済むように。
窓の外から二人を見下ろす一番星に、アメリアはそっと祈った。