竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜
 ヴィルフリートの背中を、冷たい汗が伝った。なぜアメリアがそんなことを言い出したのか、彼には理解がつかなかった。

 ――竜の末裔が、王冠を……。それは、王になるという……?

「アメリア、まさか君は……?」

 ――私に王都へ行って、王になれというのか……? 

 ヴィルフリートは信じられない思いで口を開いた。

「君は私が……」
「まさか、そんなこと絶対言いません!」

 思いがけない調子で言い返され、ヴィルフリートはかえって面食らった。たった今言ったではないか、「竜の末裔」が王冠を戴けば、と。

「エルナ様の竜からしたら、というだけです。それとヴィル様は別です。たとえ国王陛下が頭をお下げになっても、私にはヴィル様のお気持ちの方が大切ですから」

 一気に言うのを呆気にとられて聞いていると、アメリアは急に下を向いた。

「ごめんなさい、確実にそうだというわけでもないのに、こんな大事なことを……」
「……いや、私も君の考えはかなり近いのではと思う。だが、もちろん私は王になどならない」

 俯いていたアメリアが、ぱっと顔を上げた。その目は涙に潤んでいる。

「よ、良かった……。もしヴィル様が王になられたら、きっと私はお傍においてもらえないと……」
「……この短い間に、そんなことまで考えたのか?」

 敢えて笑って、ヴィルフリートはアメリアを抱き寄せた。
 仮に王都へ行ったとて、自分が(つがい)であるアメリアを手放せるわけがない。だがアメリアが一瞬でそこまで思い詰めるほど、王宮というところは難しいところなのだろう。

「大丈夫だ。私もアメリア……君以上に大切なものなどいない。忘れたのか、私たちは(つがい)同士なんだよ」

 腕の中のアメリアが、何度も何度も頷く。

「アメリア、私は王になどならない。もしそのせいで、例えこの国を亡ぼすことになろうとも。人によっては、そんな私を冷たいと思うかもしれない。それでも王家の一員かと、責める者もいるだろう。だが……私はこれからもここで、君だけのために生きる。そんな身勝手な私と、この先も共に生きてくれるか」
「ヴィル様……!」

 アメリアが涙に濡れた顔を上げた。

「はい、もちろんです。私も、ヴィル様と……!」

 ひとまずこれ以上、この本に触れることはしない。王都でどのような騒ぎになろうとも、王宮の権謀には近寄らない。
 二人はそう決め、これまで通りに暮らそうと話し合った。

 しかし王宮の動きは、すでに二人の逃れられないところまで迫っていた。
< 94 / 110 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop