とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
その数日後のことだった。休憩時間が被ったので久しぶりに沙織と一緒に社員食堂でランチした。
席に座って少し経った頃、偶然隣の席に滝川が座ってきた。
美帆は驚いた。滝川と社員食堂で会うのは初めてだった。
「もしかして、誰か座る予定でしたか?」
美帆がじっと見つめていたからか、滝川は顔を向けて心配気に尋ねた。
「あ、いえ。大丈夫ですよ」
「受付嬢の杉野さんですよね」滝川はにっこりと笑った。その顔はやはりあの関西弁男と似ていた。
「すみません。他に席が空いてなかったので」
しかし、滝川は標準語だ。関西弁ではない。やはり人違いだ。他人の空似だろう。
沙織も滝川のことを知っている。こんにちは、と一言挨拶した。しかし、それ以上はお喋りには加わってこなかった。また変なことを考えているのだろう。
美帆はあえて沙織の視線を無視し、滝川に話掛けた。
「お一人ですか?」
「はい。会社の人たちはみんな女性なので、一緒にランチはちょっと」
確か清掃員はほとんどが女性だ。男性の職員も見たことがあるが、数は少ない。
女性に囲まれながら食事は嫌だろう。おまけに清掃員の女性はほとんどが四、五十代だ。ニ、三十代であろう滝川と話が合うはずがない。
「なんだか、受付嬢の方が並ぶと壮観ですね」
「そんなことありませんよ」
「杉野さんが受付嬢のリーダーですか?」
「リーダーというか……一応、主任です」
「すごいですね。お若いのに」
滝川は思っていたよりもお喋りだ。それに愛想良く礼儀正しい。最初会った時から好印象だったが、また好感度が上がった。
「滝川さんもいつも一所懸命お仕事してらっしゃるじゃないですか」
「いえいえ、俺はただの清掃ですから」
「役職は関係ありませんよ。清掃の方がいるからいつも気持ちよく仕事できるんです」
なんて、お説教くさいと思われただろうか。滝川は少し驚いたような顔をしていた。
「ありがとうございます。そう言って頂けるとやる気が出ます」
「そういえば、どうして私の名前を?」
「杉野さんは有名ですから」
有名になるようなことをした覚えはないが、一体どんなことを言われているのだろうか。なんだか嫌な予感がしたので、あえて尋ねなかった。
「杉野さんも俺の名前知ってたんですか?」
「あ、はい。以前ご挨拶した時に名札を見て」
「お互い仕事中だとなかなか話せませんからね。話せて良かったです」
滝川は愛想よく笑みを浮かべた。その表情を見ると、またあの関西弁男のことを思い出した。
────ううん、この間の男とは大違い。やっぱりあれは別人だよね。
昼休憩を早めに終わらせた美帆と沙織は社員食堂から出てコンビニに向かった。美帆は仕事の合間に飲むドリンクを買いに。沙織も同じだ。
「さっきの男の人と仲良いの?」
ドリンクを選んでいると、不意に沙織が尋ねてきた。
「え、滝川さん? ううん、まともに会話したのはさっきが初めてよ」
「あの人清掃員とは思えないほど愛想いいよねぇ。顔もイケメンだし、爽やかでいい感じ」
「や、やめてね! 私別に狙ってないから!」
「まだ何も言ってませんて」
「言おうとしてる顔だった」
だから沙織は会話に入ってこなかったのだろう。沙織かニヤついていたのは視界の端に映っていたから知っている。
「そんなことないって。第一、美帆と清掃員なんて釣り合わないって。前も言ったじゃん」
「別に、清掃員だっていいじゃない」
「何言ってるの。大企業勤務の女と一介の清掃員なんて釣り合うわけないじゃん。格差ありすぎよ。絶対上手くいかない」
「それは偏見だと思うけど」
格差のある恋人が別れやすいのは事実だ。特に男性はプライドが高いから女性の方が収入が多いと面子が保てない。上手くいく確率は低い。
「あ、常務と社長はうまくいってるじゃない。格差夫婦でしょ」
「バカね。常務は元国際営業課でトップの成績だった人よ。そもそも土台が違うって」
藤宮コーポレーションには社長と結婚したというご大層な一般社員がいるのだが、あまり見本にはならなかったようだ。
というかそもそも、これは美帆と滝川が付き合うことになった場合の話だ。まだ好きでもない男のことでする話ではない。
「私滝川さんのこと別に狙ってないから。っていうか中村さん紹介されてるし、あちこち狙えるほど器用じゃないよ」
「真面目ね。そんなに真剣に考えなくたっていいのに。中村さんだってまだ知り合っただけじゃない。二股かけるわけじゃないんだし……それぐらい誰だってやるって」
こんな固いことを言っているから彼氏ができないのだろうか。美帆はため息をつき、ドリンクを持ってレジへ向かった。
席に座って少し経った頃、偶然隣の席に滝川が座ってきた。
美帆は驚いた。滝川と社員食堂で会うのは初めてだった。
「もしかして、誰か座る予定でしたか?」
美帆がじっと見つめていたからか、滝川は顔を向けて心配気に尋ねた。
「あ、いえ。大丈夫ですよ」
「受付嬢の杉野さんですよね」滝川はにっこりと笑った。その顔はやはりあの関西弁男と似ていた。
「すみません。他に席が空いてなかったので」
しかし、滝川は標準語だ。関西弁ではない。やはり人違いだ。他人の空似だろう。
沙織も滝川のことを知っている。こんにちは、と一言挨拶した。しかし、それ以上はお喋りには加わってこなかった。また変なことを考えているのだろう。
美帆はあえて沙織の視線を無視し、滝川に話掛けた。
「お一人ですか?」
「はい。会社の人たちはみんな女性なので、一緒にランチはちょっと」
確か清掃員はほとんどが女性だ。男性の職員も見たことがあるが、数は少ない。
女性に囲まれながら食事は嫌だろう。おまけに清掃員の女性はほとんどが四、五十代だ。ニ、三十代であろう滝川と話が合うはずがない。
「なんだか、受付嬢の方が並ぶと壮観ですね」
「そんなことありませんよ」
「杉野さんが受付嬢のリーダーですか?」
「リーダーというか……一応、主任です」
「すごいですね。お若いのに」
滝川は思っていたよりもお喋りだ。それに愛想良く礼儀正しい。最初会った時から好印象だったが、また好感度が上がった。
「滝川さんもいつも一所懸命お仕事してらっしゃるじゃないですか」
「いえいえ、俺はただの清掃ですから」
「役職は関係ありませんよ。清掃の方がいるからいつも気持ちよく仕事できるんです」
なんて、お説教くさいと思われただろうか。滝川は少し驚いたような顔をしていた。
「ありがとうございます。そう言って頂けるとやる気が出ます」
「そういえば、どうして私の名前を?」
「杉野さんは有名ですから」
有名になるようなことをした覚えはないが、一体どんなことを言われているのだろうか。なんだか嫌な予感がしたので、あえて尋ねなかった。
「杉野さんも俺の名前知ってたんですか?」
「あ、はい。以前ご挨拶した時に名札を見て」
「お互い仕事中だとなかなか話せませんからね。話せて良かったです」
滝川は愛想よく笑みを浮かべた。その表情を見ると、またあの関西弁男のことを思い出した。
────ううん、この間の男とは大違い。やっぱりあれは別人だよね。
昼休憩を早めに終わらせた美帆と沙織は社員食堂から出てコンビニに向かった。美帆は仕事の合間に飲むドリンクを買いに。沙織も同じだ。
「さっきの男の人と仲良いの?」
ドリンクを選んでいると、不意に沙織が尋ねてきた。
「え、滝川さん? ううん、まともに会話したのはさっきが初めてよ」
「あの人清掃員とは思えないほど愛想いいよねぇ。顔もイケメンだし、爽やかでいい感じ」
「や、やめてね! 私別に狙ってないから!」
「まだ何も言ってませんて」
「言おうとしてる顔だった」
だから沙織は会話に入ってこなかったのだろう。沙織かニヤついていたのは視界の端に映っていたから知っている。
「そんなことないって。第一、美帆と清掃員なんて釣り合わないって。前も言ったじゃん」
「別に、清掃員だっていいじゃない」
「何言ってるの。大企業勤務の女と一介の清掃員なんて釣り合うわけないじゃん。格差ありすぎよ。絶対上手くいかない」
「それは偏見だと思うけど」
格差のある恋人が別れやすいのは事実だ。特に男性はプライドが高いから女性の方が収入が多いと面子が保てない。上手くいく確率は低い。
「あ、常務と社長はうまくいってるじゃない。格差夫婦でしょ」
「バカね。常務は元国際営業課でトップの成績だった人よ。そもそも土台が違うって」
藤宮コーポレーションには社長と結婚したというご大層な一般社員がいるのだが、あまり見本にはならなかったようだ。
というかそもそも、これは美帆と滝川が付き合うことになった場合の話だ。まだ好きでもない男のことでする話ではない。
「私滝川さんのこと別に狙ってないから。っていうか中村さん紹介されてるし、あちこち狙えるほど器用じゃないよ」
「真面目ね。そんなに真剣に考えなくたっていいのに。中村さんだってまだ知り合っただけじゃない。二股かけるわけじゃないんだし……それぐらい誰だってやるって」
こんな固いことを言っているから彼氏ができないのだろうか。美帆はため息をつき、ドリンクを持ってレジへ向かった。