とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
ようやく応接室を出て、文也を見送るためロビーに向かった。
文也は気まずくないのだろうか────。美帆は並んで歩く文也を見上げた。
自分とは仲直りしたが、藤宮社内は一時期そのことで沸いていた。文也は容姿的にも目立つし、知っている人は知っている。歩けば誰かわかるだろう。
現に、こうして歩いている間美帆はいくつかの視線を感じた。
「あの……文也さん」
エレベーターのボタンを押して、昇降機が来るのを待つ。文也は「ん?」と美帆の方を向いた。
「気不味くないんですか……? その、あんなことがあったわけですし、ここには来づらいんじゃ……」
「まあ、俺もそう思っててんけど……おたくの社長さんに呼ばれたんでな」
「専属契約ってどういうことですか? 契約は打ち切りになるんじゃなかったんですか」
その時、エレベーターの扉が開いた。二人は乗り込み、美帆が一階のボタンを押した。
「藤宮社長は恐ろしいな。いや、これは褒めてるんやけど……普通賠償金払ってどうにかするやろ。あんだけ迷惑かけたんやから、俺もそれは覚悟しててん」
「けど?」
「藤宮に出入りしてた俺がフリーになると厄介やろ。情報を持ってるかもしらん。そうは言わへんかったけど、懐に引き入れて津川の方に情報が行かへんようにしたかったんやと思うよ。まあ、うちの技術を買ってるのもあるんやろうけど……」
確かにそうだ。金だけ払っても情報は返ってこない。出禁にしても津川フロンティアが藤宮で得た情報が向こう側に渡るのは防げない。
それならいっそ契約を結んで囲ってしまおうという戦法なのか。美帆は一瞬安心したが、人質みたいだと思った。
「大丈夫なんですか……?」
「ああ、それは心配いらへんよ。ただ、契約違反のペナルティが厳しいだけやねん。今契約してるところが全部切れたら藤宮との取引だけになる。裏切ったら首がヤバいやろ」
「露頭に迷いそうになったら言ってくださいね。消費者金融なんか行ったらダメですよ」
「行かへんよ」
チン、と音を立ててエレベーターが着いた。扉が開き、また二人で横並びになって歩く。
きっとこの姿を見てまた誰かが何か言うのかもしれない。けれど、美帆は気にしないことにした。文也は何も悪いことはしていない。自分もしていない。後ろめたいことなど何もないのだ。
受付の横を通ると、今日の担当の詩音と瀬奈が自分達を見て驚いていた。
「え、美帆さん!?」
「またうちで取引することになったから、宜しくね」
二人とも意外に思っているに違いない。何も聞かれていないが、きっと別れたと思っていたはずだ。
────けど、これはよりを戻したって状態になるのかな……?
「美帆」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
「今日仕事が終わった後会われへん?」
「今日ですか? 今日はちょっと……社長に同行して外出するので遅くなるかもしれません。明日か、明後日じゃ駄目ですか」
「今日がええねん」
「どうしてです?」
「なんか、日ぃ跨いだら美帆の気が変わりそうやから」
「気が変わるって……」
とんだヘタレ発言だ。あれだけ正面から気持ちを伝えたのにまだ彼は不安なのだろうか。
「……分かりました。ちょっと遅くなってもいいなら大丈夫です。どこに行けばいいですか」
「迎えに行くわ。また連絡して」
文也はなんだか名残惜しそうに会社を後にした。すると、早速詩音たちが話し掛けてきた。
「美帆さんっ! どういうことですか! 津川さんと、えっと……その……」
詩音達も噂は聞いたはずだ。公式的に原因がはっきり津川フロンティアだと言われていないからいいものの、出回っている噂はあまりよろしくない。きっと悪い想像をしていたのだろう。
「さっき社長と話して、引き続き契約することになったの。だからもう大丈夫」
二人とも良かったですね、と安心していた。けれど一番そう思っているのは美帆自身だ。
文也がこれ以上辛い目に遭わなくてよかったと心底ホッとしていた。
文也は気まずくないのだろうか────。美帆は並んで歩く文也を見上げた。
自分とは仲直りしたが、藤宮社内は一時期そのことで沸いていた。文也は容姿的にも目立つし、知っている人は知っている。歩けば誰かわかるだろう。
現に、こうして歩いている間美帆はいくつかの視線を感じた。
「あの……文也さん」
エレベーターのボタンを押して、昇降機が来るのを待つ。文也は「ん?」と美帆の方を向いた。
「気不味くないんですか……? その、あんなことがあったわけですし、ここには来づらいんじゃ……」
「まあ、俺もそう思っててんけど……おたくの社長さんに呼ばれたんでな」
「専属契約ってどういうことですか? 契約は打ち切りになるんじゃなかったんですか」
その時、エレベーターの扉が開いた。二人は乗り込み、美帆が一階のボタンを押した。
「藤宮社長は恐ろしいな。いや、これは褒めてるんやけど……普通賠償金払ってどうにかするやろ。あんだけ迷惑かけたんやから、俺もそれは覚悟しててん」
「けど?」
「藤宮に出入りしてた俺がフリーになると厄介やろ。情報を持ってるかもしらん。そうは言わへんかったけど、懐に引き入れて津川の方に情報が行かへんようにしたかったんやと思うよ。まあ、うちの技術を買ってるのもあるんやろうけど……」
確かにそうだ。金だけ払っても情報は返ってこない。出禁にしても津川フロンティアが藤宮で得た情報が向こう側に渡るのは防げない。
それならいっそ契約を結んで囲ってしまおうという戦法なのか。美帆は一瞬安心したが、人質みたいだと思った。
「大丈夫なんですか……?」
「ああ、それは心配いらへんよ。ただ、契約違反のペナルティが厳しいだけやねん。今契約してるところが全部切れたら藤宮との取引だけになる。裏切ったら首がヤバいやろ」
「露頭に迷いそうになったら言ってくださいね。消費者金融なんか行ったらダメですよ」
「行かへんよ」
チン、と音を立ててエレベーターが着いた。扉が開き、また二人で横並びになって歩く。
きっとこの姿を見てまた誰かが何か言うのかもしれない。けれど、美帆は気にしないことにした。文也は何も悪いことはしていない。自分もしていない。後ろめたいことなど何もないのだ。
受付の横を通ると、今日の担当の詩音と瀬奈が自分達を見て驚いていた。
「え、美帆さん!?」
「またうちで取引することになったから、宜しくね」
二人とも意外に思っているに違いない。何も聞かれていないが、きっと別れたと思っていたはずだ。
────けど、これはよりを戻したって状態になるのかな……?
「美帆」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
「今日仕事が終わった後会われへん?」
「今日ですか? 今日はちょっと……社長に同行して外出するので遅くなるかもしれません。明日か、明後日じゃ駄目ですか」
「今日がええねん」
「どうしてです?」
「なんか、日ぃ跨いだら美帆の気が変わりそうやから」
「気が変わるって……」
とんだヘタレ発言だ。あれだけ正面から気持ちを伝えたのにまだ彼は不安なのだろうか。
「……分かりました。ちょっと遅くなってもいいなら大丈夫です。どこに行けばいいですか」
「迎えに行くわ。また連絡して」
文也はなんだか名残惜しそうに会社を後にした。すると、早速詩音たちが話し掛けてきた。
「美帆さんっ! どういうことですか! 津川さんと、えっと……その……」
詩音達も噂は聞いたはずだ。公式的に原因がはっきり津川フロンティアだと言われていないからいいものの、出回っている噂はあまりよろしくない。きっと悪い想像をしていたのだろう。
「さっき社長と話して、引き続き契約することになったの。だからもう大丈夫」
二人とも良かったですね、と安心していた。けれど一番そう思っているのは美帆自身だ。
文也がこれ以上辛い目に遭わなくてよかったと心底ホッとしていた。