とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
第21話 元清掃員は社長秘書が好きすぎまして
就業時間の午後五時半を回った。
ここ最近残業続きだった社員達は慌ただしく帰り支度をし始める。文也はスマホを見ると、再びパソコンに視線をやった。
美帆から連絡はない。今日は遅くなると言っていたからまだかかるだろう。
「社長、まだ帰らないんですか?」
「ん? ああ……もうちょっとしてから帰るわ」
「あんまり無理しないでくださいよ。今日だって藤宮本社に行ったんでしょう。大丈夫だったんですか」
藤宮社長は意外にもかなり友好的だった。大企業の社長なので父親のような人間を想像していたが、若いだけあって考え方が柔軟なのだろうか。ずいぶん驚かされた。あの社長の元なら美帆も仕事に集中できるはずだ。
「大丈夫やって。向こうも鬼ちゃうし、話せば分かってくれた」
「それならいいんですけど……じゃあ、お先に失礼します」
あの事件の後始末はまだ完全には終わっていない。契約を切る会社ももちろんあった。
ただ、救いなのは津川フロンティアの年商の大多数を占める契約先である藤宮グループが残ってくれたことだ。藤宮グループとの独占契約は痛いが、悪い話ではない。安定した利益が見込めるということだ。
もちろん津川フロンティアもそれに見合ったことをしなければならないが────事件の終結としては十分過ぎるものだ。
それに、美帆にようやく告げることが出来た。
もう二度と会ってもらえないだろうと思っていたが、きちんと話せば分かってくれた。抱え込んでいた悩みにも寄り添ってくれた。
────俺、やっぱ美帆じゃないとあかんわ。
昼間会ったばかりなのにもう会いたい。美帆は一体何時に仕事が終わるのだろう。残業手当はきちんともらっているのだろうか。大きな会社だから粗雑に扱われることはないと思うが、なんだか心配になってくる。
まだ連絡は来ていないが、向こうに行って待ってみようか。文也は帰る準備をしてオフィスを出た。
電車に乗って移動する間、文也はふと考えた。
美帆は一体いつから滝川の正体に気が付いたのだろう。割と完璧に装えているつもりだったが、関西弁訛りが抜けていなかったのかもしれない。
それでも美帆は何も言わずにいた。待っていたと言っていた。
大した信頼だ。騙した相手にあんなに想いを寄せて、また悪い男に騙されてしまわないか心配になる。騙した自分がする心配ではないと思うが────。
会社の近くに着くと、適当に座れそうなベンチを探した。仕事をしている恋人を待つ。あまりしなかったことだが、悪い気分ではない。
今度こそ、美帆を大事にしたいと思った。今度は絶対に傷つけないようにしよう。壊れてしまった信頼関係が元に戻るように誠実でなくては。美帆に釣り合う男であるためにはそれぐらいの────いや、それ以上の努力が必要だ。
ベンチに座って少しして、美帆から連絡があった。今会社に戻ってきたそうだ。これから帰る準備をするという。
文也は会社の前にいる、と連絡して移動した。
会社の前に着くと同時ぐらいのタイミングで美帆が入り口から出てきた。ずいぶん焦った様子だ。ヒールを履いているから転けてしまわないか心配になった。
「文也さん……っ外で待ってたんですか!?」
「その方が早く会えるやろ」
「疲れてるんですから無理しないでください」
「美帆は優しいな」
つい頭を撫でたくなった。だが、宙に浮かせた手は美帆の頭上でぴたりと止まる。
文也の脳裏に不安がよぎった。
許してもらえたとはいえ、信頼関係が崩れたことは事実だ。それなのに以前みたいに軽々しく振る舞っていたらまた美帆が不安に思うかもしれない。
「文也さん?」
「いや……頭に埃がついてるで」
「えっ」
ありもしない埃を取る仕草をして、文也は誤魔化した。
今度は大事にすると誓ったのだ。ちゃんと信頼が戻るまでは美帆に軽々しく触るのはやめなくては。
ここ最近残業続きだった社員達は慌ただしく帰り支度をし始める。文也はスマホを見ると、再びパソコンに視線をやった。
美帆から連絡はない。今日は遅くなると言っていたからまだかかるだろう。
「社長、まだ帰らないんですか?」
「ん? ああ……もうちょっとしてから帰るわ」
「あんまり無理しないでくださいよ。今日だって藤宮本社に行ったんでしょう。大丈夫だったんですか」
藤宮社長は意外にもかなり友好的だった。大企業の社長なので父親のような人間を想像していたが、若いだけあって考え方が柔軟なのだろうか。ずいぶん驚かされた。あの社長の元なら美帆も仕事に集中できるはずだ。
「大丈夫やって。向こうも鬼ちゃうし、話せば分かってくれた」
「それならいいんですけど……じゃあ、お先に失礼します」
あの事件の後始末はまだ完全には終わっていない。契約を切る会社ももちろんあった。
ただ、救いなのは津川フロンティアの年商の大多数を占める契約先である藤宮グループが残ってくれたことだ。藤宮グループとの独占契約は痛いが、悪い話ではない。安定した利益が見込めるということだ。
もちろん津川フロンティアもそれに見合ったことをしなければならないが────事件の終結としては十分過ぎるものだ。
それに、美帆にようやく告げることが出来た。
もう二度と会ってもらえないだろうと思っていたが、きちんと話せば分かってくれた。抱え込んでいた悩みにも寄り添ってくれた。
────俺、やっぱ美帆じゃないとあかんわ。
昼間会ったばかりなのにもう会いたい。美帆は一体何時に仕事が終わるのだろう。残業手当はきちんともらっているのだろうか。大きな会社だから粗雑に扱われることはないと思うが、なんだか心配になってくる。
まだ連絡は来ていないが、向こうに行って待ってみようか。文也は帰る準備をしてオフィスを出た。
電車に乗って移動する間、文也はふと考えた。
美帆は一体いつから滝川の正体に気が付いたのだろう。割と完璧に装えているつもりだったが、関西弁訛りが抜けていなかったのかもしれない。
それでも美帆は何も言わずにいた。待っていたと言っていた。
大した信頼だ。騙した相手にあんなに想いを寄せて、また悪い男に騙されてしまわないか心配になる。騙した自分がする心配ではないと思うが────。
会社の近くに着くと、適当に座れそうなベンチを探した。仕事をしている恋人を待つ。あまりしなかったことだが、悪い気分ではない。
今度こそ、美帆を大事にしたいと思った。今度は絶対に傷つけないようにしよう。壊れてしまった信頼関係が元に戻るように誠実でなくては。美帆に釣り合う男であるためにはそれぐらいの────いや、それ以上の努力が必要だ。
ベンチに座って少しして、美帆から連絡があった。今会社に戻ってきたそうだ。これから帰る準備をするという。
文也は会社の前にいる、と連絡して移動した。
会社の前に着くと同時ぐらいのタイミングで美帆が入り口から出てきた。ずいぶん焦った様子だ。ヒールを履いているから転けてしまわないか心配になった。
「文也さん……っ外で待ってたんですか!?」
「その方が早く会えるやろ」
「疲れてるんですから無理しないでください」
「美帆は優しいな」
つい頭を撫でたくなった。だが、宙に浮かせた手は美帆の頭上でぴたりと止まる。
文也の脳裏に不安がよぎった。
許してもらえたとはいえ、信頼関係が崩れたことは事実だ。それなのに以前みたいに軽々しく振る舞っていたらまた美帆が不安に思うかもしれない。
「文也さん?」
「いや……頭に埃がついてるで」
「えっ」
ありもしない埃を取る仕草をして、文也は誤魔化した。
今度は大事にすると誓ったのだ。ちゃんと信頼が戻るまでは美帆に軽々しく触るのはやめなくては。